望月の蠱惑

enchantMOONに魅了されたので、先人の功績を辿って、自分も月へ到達したい。

書籍

なまなましいなまやさしさ ―松本てふこ句集『汗の果実』読後感

youshorinshop.com はじめに 風物から人物。静物から印象。詩から事実。 松本てふこさんの『汗の果実』という句集には、章立てのようなものがあり、順番に「皮」「種」「汗」「蔕(へた)」となっており、「ブドウ狩り」かしら、などと思うのはこのように書…

北原白秋さんのオノマトペリスト ―詩歌の部

はじめに 『NHK短歌 新版 作歌のヒント』永田和宏 NHK出版 の中の、「ヒント27」に、「エイッと、オノマトペ」という項があり、そこに「オノマトペといえば北原白秋」というような記述があり、 君かへす朝の舗石のさくさくと雪よ林檎の香のごとくふれ ;の…

ざっくりさん講読 10 「ミリンダ王の問い」10.第二編第二章

第二 ブッダは全知者である ミリンダ王(以下ミ):ナーちゃん(ナーガセーナ)。ブッダは全知者なの? ナーガセーナ(以下ナ):そう。でも知識として知ってるんじゃないよ。知ろうとしたことをみんな知るんだよ。 ミ:知ろうとして知るのなら、全知者じゃ…

「詩」以外の『戦後詩』を読む ―『戦後詩 ユリシーズの不在』寺山修司

はじめに 詩について語ることはできない。 詩を理解することができない。わたしは詩を散文のように咀嚼してしまうので。 寺山修司さんが好きだ。『戦後詩』は塚本邦雄さんの短歌を漁っていて見つけた本だ。 前衛短歌。寺山修司さんには、少女詩集もあり、詩…

ノリ・メ・タンゲレ ―ドーナツの穴に触れるとは

はじめに 肉体に関わる際、避けて取れないテクストは、『聖書』のイエス=キリストの受難と復活とその後日譚で、特に、ヨハネによる福音書に詳しい。 というより、「ノリ・メ・タンゲレ」は、ヨハネによる福音書にしか記載されていない。 マタイ・マルコ・ル…

身体を離れないこと ―『舞踏のもう一つの唄』を読みながら

はじめに モーリス・ベジャールさんだ。 www.shinshokan.co.jp 舞踊、武道、音楽、体操(スポーツ)に関する達人の方々の言葉はとても重要だ。なぜならば、そういう方々は身体を熟知しようとする方々だからだ。 私たちは身体として存在している。この存在の…

隠喩的でない世界などない ―『ヴァレリー芸術と身体の哲学』の「序」を読んで

はじめに 広義における身体による芸術表現を考えるとき、必ず引き合いに出されるのがヴァレリーさんだ。そこで、タイトルの本を借りて読み始めている。 bookclub.kodansha.co.jp 伊東亜紗さんは、『どもる体』も書いており、他にも、私にとって当面、重要な…

「写真」を「俳句」に置き換えて読む ――ルイジ・ギッリ『写真講義』を読んで

はじめに www.msz.co.jp 捨てられない絵葉書のような、密やかなイメージを撮りつづけた写真家ルイジ・ギッリ(1943-1992)。その何気ない一枚の背後には、イメージに捉われ、イメージを通して思考する理論家ギッリがいる。自らの撮影技術を丁寧に示しながら…

『誰にも聞けない短歌の技法Q&A』 より

はじめに 俳句は悩まない。短歌は悩む。小説は悩むのが楽しいが、短歌で悩むことは苦しい。 だから、さまざまな入門書を読むのだが、結局のところ「なぜ短歌にするのか」という根源的な問いへの答えなど、あるはずはない。 苦しければあきらめればいい。 だ…

手帳の抜書の抜書202101-03 その2

(前回の続き) 『アドルノ 新音楽の哲学』より 音楽は仮象の欠如、すなわち形象をつくらないことによって他の芸術に対して特権をあたえられてはいるが、しかしその特殊な関心事と因襲による支配との倦まざる和解によって、力相応に、市民的芸術作品の仮象的…

短歌方面から気になる俳句 ―阿部完市さんの俳句に感じるメルヒェン

はじめに 「現代俳句大系」を書き写していたとき、奇異な感を得た俳句を書く俳人があった。写生句を中心に書き写しているなかで、その俳人の俳句群はとびっきり奇妙な、フォークロアというか、今昔物語的というか、ポンチ絵的というか、とにかく好ましいケレ…

『サラダ記念日』を改めて初めて読んだ ――言文一致体へ

はじめに あまりにも有名な俵万智さんの『サラダ記念日』 www.kawade.co.jp 1987年に、短歌を一新したエポックメイキングな歌集。 『口語を使った清新な表現で』と紹介文にもあるように、当時は「ああ、短歌はこんなに自然な言葉で作っていいんだ」と、…

共振する身心 ―宮沢賢治さんの短歌を拾う 

はじめに 今回のブログには、以下の内容を進めるための材料、つまり宮沢賢治さんの短歌をいくつか抜粋する。 mochizuki.hatenablog.jp わたしが、読んで短歌を書き写したのはこの本だ。 www.chikumashobo.co.jp 短歌は案外多い。因みに俳句は「菊花展」にか…

宮沢賢治の短歌(序説) ―不定形生命体という主体

はじめに このところ、短歌入門関連の書籍を立て続けに読んでいて、直近に読み終えたのは、この本だった。 www.kadokawa.co.jp 短歌の入門書としてどうか、というのは人それぞれにあうあわないがあるだろう。わたしは、俳句や短歌の入門書を読んで、作りたく…

挟み撃ちをスライスしてなんとなくクリスタルな純度98%の小説 ―『ヴィトゲンシュタインの愛人』 デイヴィッド・マークソン

はじめに 純度の高い小説は燃える。実際、この小説では本や家がよく燃える。そしてそこに残った焼け跡は、焼ける前よりも豊かだ。それは余剰によって豊かなのではなく、消尽によって豊かにされるしかなかった。抉られた傷に再生する肉片がつねに盛り上がるよ…

鏡はツルツルだということ ―『鏡と皮膚 芸術のミュトロギュア』

はじめに 本書のタイトルをみて、読まねばと思って読んだ。以下はその感想とまとめ。 www.chikumashobo.co.jp 鏡は皮膚とは違う。見られるモノである、という一点を除いては。 シュミラークルにまつわる議論は、だから退屈だ。むろん本書はそのような退屈さ…

塚本邦雄『秀吟百趣』メモ 二

前回からの続きです。 飛鳥田孋無公(あすかたれいむこう) さびしさは星をのこせるしぐれかな 霧はれて湖におどろく寒さかな 河の水やはらかし焚火うつりゐる 返り花薄氷のいろになりきりぬ 秋風きよしわが魂を眼にうかべ 昭和五年三十五歳の作。この3年後…

塚本邦雄『秀吟百趣』メモ 一

はじめに 一気に読んで、そのつぶさな鑑賞と審美眼に圧倒された部分をメモしたので、清書の意味で記す。つまり、本ブログに私自身の言葉は無く、すべてこの本からのメモである。 何回かに分けるかもしれない。また、取り上げられた作者別に記していくが、「…

梵鐘一打 ―セレクション俳人07 岸本尚毅集(邑書林 2003.6.10) その2

はじめに 前に、「季語を殺す」という観点で、本書巻末の散文の一つをまとめた。 mochizuki.hatenablog.jp 今回はその次に掲載してあった散文のまとめ。 俳句の中の俳諧 この散文の初出は「國文学(2001.7)」とのことで、テーマは「何をもって俳句は…

季題を殺す方法が写生だ ―岸本尚毅集より

はじめに セレクション俳人07 岸本尚毅集(邑書林 2003.6.10)を読み、季重なりの多さに吃驚した。だがこれはもちろん意図的だ。 巻末の「散文」の中の「写生と季語のダイナミズム」を読んでいて、季題をどのように考えているかを知った。 今回は…

短歌の作り方、教えてください ―抜書き帳

はじめに www.kadokawa.co.jp 短歌の作り方、という本は、俳句に比べると、あまり読んでいなかった。短歌はどこか、好き勝手作りたい、という思いが強かったせいだ。それでも、手前勝手に作っていると、やはり疑問が湧く。技術的欠点に気づく素地がないため…

連作となる俳句の連続性を担保するもの ――飯田蛇笏さんの「病院と死」

はじめに BFC2の話題がtwitter上で盛んである。 文学は尖がっているべきだと思うので、たいへんに楽しい。 一方、あまり難解なものだと、たとえ6枚とはいえ読み通す気にならない。 読書とは時に忍耐でもある。苦行の果てに行き着く愉楽をヨシとする向き…

即身仏と割腹 ――速度と重力について

はじめに 『身体の宇宙誌』のメモを作っている。以下は再読を始めたばかりのころの感想文。 『永い屁(自作小説)』では、明確に「即身仏」を打ち出すこともなく、したがって「即身仏」の速度、つまりは肉体の速度から逃れるために必要な自由落下に関するこ…

『身体の宇宙誌』が驚くべき私のロードマップだったこと

はじめに 『身体の宇宙誌』 鎌田東二著 bookclub.kodansha.co.jp 随分以前、この本を読んだ際には感じなかった興奮を、今の私は禁じえない。 本を読むには時宜がある。 今、私がこのタイミングで本書を読み返すことで、先ごろ書き終えたある小説を跡付け、か…

執拗な描写に憑かれる ――『カフカの父親』 トンマーゾ・ランドルフィ 雑感

はじめに 本書を読んだ感想を以下のようにまとめた。 しかしそれにしても海外の短編小説のとくにこの修辞のたたみ掛けは苦手だ。まるで文学とは修辞である、というようなものだ。ドイツでもフランスでもロシアでもイタリアでもスペインでもアメリカでも同じ…

ざっくりさん講読9 「ミリンダ王の問い」9.第二編第一章

第一 ブッダに対する供養の効と無効 ミリンダ王(以下ミ)はナーガセーナ(以下ナ)に質問を許されたのでありがたく質問を始めた。 ミ:ブッダが死んでないなら供養する意味なんてないし、死んじゃってるなら供養したって意味なくない? ナ:もともと、ブッ…

『存在論的、郵便的 ジャック・デリダについて』を私すること

はじめに 1998年10月に出版された本書を、2020年6月に読む理由は、現在、私が考えている事に有用であろうと思ったからだ。 書き手と読み手との間に生じる「時差」を明確に意識することも、その考えている事の一つだった。 また、パロールとエクリ…

実用性とはのりこなす術 ―『磁力と重力の発見3』

はじめに 長いことかかりましたが、読み終えました。『磁力と重力の発見3』 www.msz.co.jp このブログでも、散発的に感想文など書いていました。 mochizuki.hatenablog.jp mochizuki.hatenablog.jp mochizuki.hatenablog.jp 実は、前のほうをほとんど忘れて…

エクリチュールとパロールとローマ字日記

はじめに Hareta Sora ni susamajii Oto wo tatete, hagesii Nishi-Kaze ga huki areta. から始まる石川啄木さんの『ローマ字日記』を借りてきた。 ローマ字で書かれてあるのだから、ローマ字で読むべきであろうと、ローマ字で読んでいる。読み進めるうちに…

「俳句」百年の問い 夏石番矢編 その2

はじめに 寺田寅彦さんの他に、いくつか抜書した箇所ができたのでまとめておきます。全文書き写すべきだが時間切れだったのが、山本健吉さんの「抽象的言語として立つ俳句」です。そこでは、絶対に不可能な「共時性」を俳句表現においてみようとしており、そ…