望月の蠱惑

enchantMOONに魅了されたので、先人の功績を辿って、自分も月へ到達したい。

オーパーツ俳句 ―寺山修司俳句全集から拾う

はじめに

俳句の新しさとは、たとえばこういった俳句に驚くところに感じる

 

口淫は嘔吐に終はる麦茶かな 星野いのり

起立礼着席青葉風過ぎた 神野紗希

ヒアシンスしあわせがどうしても要る 福田若之

簡単に口説ける共同募金の子 北大路翼

パラフィン夏の名前をかんがへる 宮本佳世乃

名月やマクドナルドのMの上 小沢麻結

秋うらら東京駅のカツサンド 西山百ゆりこ

今日は晴れトマトおいしいとか言って 越智友亮

かあさんはぼくのぬけがらななかまど 佐藤成之

 

俳句に則って俳句を離れるというか、俳句を拡張している。私の中の「俳句規則」を、季語を含む五・七・五の十七音というシンプルな形式に還元した上で、その形式が表現しうるものを追求する姿勢を明らかにしてくれる。「俳句とはこういうことをこういう風によむものだ」という固定観念を壊し、これは俳句なのだろうか、という不安定なところへ作者を追い立て、そのうえで、これは俳句だ。と開き直ったり、こんな俳句ができましたよ、とほほ笑む。そういう新しさだ。

だが、そのような新しさを感じさせる俳句は、芭蕉にも子規にもある。そんなオーパーツのような俳句を拾うのも楽しい。

今回は、寺山修司さんの俳句全集から、そういうオーパーツ的な俳句を拾ってみた。

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寺山修司さんは、おそらく現代へカテゴライズされる俳人だが、令和の俳句であってもいわゆる俳句らしい俳句は数多いわけで、そういう点で、並んでいる俳句の中でちょっと異質で新しいなと思わせる句、という程に楽しんでみたい。

本編

以下は『寺山修司俳句全集・増補改訂版 全一巻』1999年5月28日初版 あんず堂 から抜粋した。

第一部〔自選句集〕篇 より抜粋

1935年(昭和10年)12月10日生の寺山さんが主に15歳から18歳までの三年間に詠んだ句

『花粉航海』 昭和五十年

十五歳抱かれて花粉吹き散らす(草の昼食 十五歳)

父を嗅ぐ書斎に犀を幻想し (同上)

日食や兄ともなれず貧血し (同上 午後二時の玉突き)

癌すすむ父や銅版画の寺院 (幼年時代 暗室の時)

愛なき日避雷針見て引返す (同上)

母を消す火事の中なる鏡台に (同上)

裏町よりピアノを運ぶ癌の父 (同上)

鍵穴に蜜ぬりながら息あらし (同上)

逃亡や冬の鉛筆折れるまで (同上 愚者の船 ※高校時代での句ではない)

沈む陽に顔かくされて秋の人 (左手の古典 無人飛行機)

猫に産ませてみている女ながれ星 (同上)

葬式におくれ来て葱を見て帰る (同上 青森駅前抄)

電球に蛾を閉じこめし五月かな (同上)

秋風やひとさし指は誰の墓 (鬼火の人 ひとさし指)

蛍来てともす手相の迷路かな (同上)

かくれんぼ三つかぞえて冬となる (同上)

鉄管より滴る清水愛誓う (望郷書店 車輪の下

遠花火人妻の手がわが肩に (だまし絵 かもめ)

冷蔵庫に冷えゆく愛のトマトかな (同上)

待てど来ずライターで焼く月見草 (狼少年 わが雅歌)

目隠しの背後を冬の斧通る (同上 母音譚)

剃刀に蠅来て止まる情事かな (憑依 魔の通過)

犬の屍を犬がはこびてクリスマス (憑依 敗北)

酢を舐める神父毛深し蟹料理 (憑依 スペインに行きたい)

眼の上を這うかたつむり敗北し (同上)

暗き蜜少年は扉の影で待つ (少年探偵団 蜜)

大南瓜悪夢と地下でめぐり逢い (同上)

森で逢びき正方形の夏の蝶 (同上 花粉日記)

月蝕待つみずから遺失物となり (同上)

 

『われに五月を 抄』 昭和三十二年 より抜粋

秋まつり明るく暗く桶の魚
 

『わが高校時代の犯罪 抄』 昭和五十五年 より抜粋

心中を見にゆく髪に椿挿し (Ⅰ 銅版画)

黒髪が畳にとゞく近松忌 (Ⅱ 黒髪)

流れゆく表札の名の十三夜 (同上)

僧二人椿二輪を折りて去る (Ⅲ 鶴)

どくだみや畳一枚あれば死ねる(同上)

鏡台にうつる母ごと売る秋や (同上)

 

第二部〔句集未収録〕篇

昭和二十五年~二十六年の作

ヒヨコ抱いて写真に入りし春日かな

教室に帽子わすれし春の風

満員のバスの行方や春の泥

せゝらぎの音する様な鯉昇

避暑楽し西洋館のさくらん

炎天やじっと地蔵のにらむもの

放課後のピアノ弾き終へ法師蝉

ねがふことみなきゆるてのひらの雪


昭和二十七年の作

父の馬鹿泣きながら手袋かじる

寒き浜去るとき一語書きのこす

風花や犬小屋の屋根赤く塗る

春星やくるところまで来てしまふ

だれも見ていないオウムと風の接吻 (「海館風景」十一句)

海のホテルピアノのほこりを蠅がなめる (同上)

籐椅子や女体が海の絵をふさぐ

マスクして一楽章を軽んずる

炉火にうつむきあなたは海が好きでしょう


昭和二十八年の作

海青し記憶もたざるだるまの目

秋風、職員室の椅子空っぽ


昭和二十九年の作

教師の下宿この辺かしら猫柳

おわりに

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星野いのりさんの隙のない俳句作品「連絡帳」と、その星野さんを俳句の師と仰ぐ千住さんの「#BFC3 グループA 星野いのり『連絡帳』全句読み解き」は必読。俳句で何ができるのか、何を仕掛けることができるのか、こわいほどびんびんと伝わってくる。

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