望月の蠱惑

enchantMOONに魅了されたので、先人の功績を辿って、自分も月へ到達したい。

仏教

実用性とはのりこなす術 ―『磁力と重力の発見3』

はじめに 長いことかかりましたが、読み終えました。『磁力と重力の発見3』 www.msz.co.jp このブログでも、散発的に感想文など書いていました。 mochizuki.hatenablog.jp mochizuki.hatenablog.jp mochizuki.hatenablog.jp 実は、前のほうをほとんど忘れて…

華厳経の「数論」と落語「時そば」という問題提起

はじめに 『現代人の佛教4 華厳経の世界』末綱恕一著 1957.3.15 初版 1976.3.20第五刷 春秋社刊 を読みました。中沢新一さんの『レンマ学』の「華厳経の数論」の項で引かれていたからです。第一篇は華厳経の歴史的背景と、各品のガイドですが、細かなところ…

似てるっ! ――『音楽寅さん』における桑田さんの「似てるっ!」という感嘆詞

はじめに 音楽寅さんという懐かしい番組で、オープニングテーマを作る回を見ていると、桑田さんは、うまくいった! いい! 最高! など肯定的な感極まった時の感嘆詞として「似てるっ!」を用いていた。 これが、「来た」 同様の感嘆詞に「近い!」「来てる…

『レンマ学』から始まるノート 1 ―言語眼鏡による転倒

はじめに 中沢新一さんの『レンマ学』は、とってもお得な一冊だ。なにしろこれは中沢さんの集大成の根本テキストなのだから。 bookclub.kodansha.co.jp その中心には「華厳経」がある。まだぜんぜん途中までしか読んでいないが、私はこんな感想を書いた。 中…

『謎の男トマ(一九四一年初版)』―その眼と身体の夢(死)(に限って記す)

はじめに ある小説を書こうとしていることは、以前述べた。そしてそのために、デリダの『盲者の記憶』から『触覚、』に激突(しかし私に「激突」に足る「重さ、または密度」を保持し得ほどの「渦」が継続していただろうか?)したと思った相手の中の人は、ほ…

キュビズム律俳句とは ―自由律俳句への自由なアプローチと助詞

はじめに 偶然出会った荻原井泉水さん関係のブログの中に、自由律俳句とは、随句とは、短詩とは、という内容がとても明快かつ詳細に書かれていた。 yahantei.blogspot.com の中の、この記事である。とても有難い。今日、これからしっかりと勉強しようと思っ…

私的華厳2 カオス・ノモス コスモス・アンチコスモス カオスモス

なんとなくはじめる 井筒さんの「アンチコスモス」は「コスモス」から捉えた「カオス」の性状を示す。 コスモス→カオス=アンチコスモス 中沢さんの「反コスモス」は「余剰せるコスモス」だが、それは「ノモス(差異の共時的大系)をはみ出したコスモス」で…

井泉水句集(新潮文庫版) 付録 俳話より

はじめに 前回に引き続き「自由律俳句」だ。 私の手元にある荻原井泉水さんの句集は新潮社版の昭和12年1月7日の版で、昭和4年から昭和9年、鎌倉在住の頃の句を集めたものだ。昭和9年に五十歳となった井泉水さん的にも、よいまとまりの期間だったのだ…

自由律俳句の歩き方 ―十重唯識と花鳥諷詠

はじめに 自由律俳句は、作るのに資格がいると思う。 その資格がない人間が作ったものは、単なる短文であり、珍文奇文だ。もちろん、それらの中には、一言ネタとしてはおもしろいものも多いし、「すごい」と思うものも少なくはない。私は、この「すごい」と…

私的華厳 1 物・事・理・法

物・事・理・法 物は時間的で理に依拠して変化する。事は空間的で法に依拠して移動する。 物は事の経時的顕れであり事は物の共時的実相である。 物には境界があり事には流動がある。 理は物によってのみ部分的に顕れ法は事によってのみ部分的に顕れる。 全て…

真如の分節により生じた「エロス」から考える「未来」の在り処 ―輪廻と映画の比喩の問題点

はじめに 仏教では存在をは、 ①「無常」だから「物はない」 ②「縁起」だから「物はない」 と考える。 「無常」とは、「存在する物はそのまま存在し続けることはない」ということを表している。なぜ、そのまま存在し続けることができないのか、といえば物は複…

『光について』ロバート・グロステスト ―コーラとしての〈穹天〉

はじめに 『磁力と重力の発見 1』を読んでいて、タイトルの著作が気にかかった。そこで借りてきた。 キリスト教神秘主義著作集3 サン・ヴィクトル派とその周辺 須藤和夫 他 訳教文館 2001.4.10初版 ここに『光について』『色について』「虹につい…

『磁力と重力の発見1 古代・中世』メモ 霊性・生命・機械→「神」→科学

はじめに なぜ真如は物質(存在)となるのか? を考える上で「光」と「重力」とは一体のものだと思う。そこで、『磁力と重力の発見』全三巻を読むことにした。 山本義隆著 2010.4.30第15刷 みすず書房 今回その第一巻を読み終えたので、印象深い部分をメモし…

芸術性の有無を判断する基準 ―静謐な詩情が掠める何か

はじめに 基準はもっていていいと思う。たとえその基準が人それぞれであり互いの基準を互いに受け入れることができず、己の基準を押し付けあうという不毛ないざこざが起ころうとも、「表現に芸術性を見出す基準」は、それぞれが持っていてしかるべきである。…

平和(ピンフ)俳句を考える 

はじめに 角川書店の『増補 現代俳句体系 全15巻」を通読して、ふと思いついたのは「平和俳句」です。「へいわ」ではなく「ピンフ」です。さまざまな要素が組み合わさっていながら結果的に「0(=1)」であるような俳句です。 私は写生至上主義ですが、子規さ…

Back skippers から A slanting slider へ ――『日本文学の大地』考

はじめに 『日本文学の大地』という中沢新一さんの文庫本を読んでいて不思議だったのは、「なぜ、今日本古典文学を読むのか?」でした。しかし、この本はまさに「今、私が読むべき本だった」と気づいたとき、その疑問は吹き飛んでしまいました。 www.kadokaw…

仏教にとって移動とは何か ―無常といふこと

はじめに 「一所不在の業があるから大変だよ」と『ブッダの方舟』で中沢新一さんが話していた。私はこのような業を「無常」を感ずるための業なのではないかと考えている。 蝶のように舞い 一つのところにとどまらず、絶えず移動し続けることは、ボクシングの…

芸術は「非ー意味」であれ ―『草枕』への往還

はじめに 芸術は「非ー意味」を表現する。 この世界は、張り巡らされた「意味」という、通常であれば堅固な地盤の上に建っているように感じられる。だが、その大地が地震によって揺り動かされるたびに、磐石と感じていた地面が、表層という卵の殻のように薄…

ざっくりさん講読 8 「ミリンダ王の問い」9.第二編 序

問の根拠 とても賢いがゆえにドチテ坊やのミリンダ王は、質問攻めにしようとナーガセーナを訪れて、思う存分質問して、とても賢くなった。でも、賢くなった分さらに、ドチテが膨らんだ。 ブッダの教えは、順番に説明されたり、関連を説いたり、真理そのもの…

言葉と意味と音と無意味

はじめに 分節により「意味」が生じた。ただし、まだそれが「意味するモノ」は生じていなかったし、「意味を表すモノ(音や記号)」なども生じていない状態だった。「そのような『意味』を認識するモノ」も生じておらず、分節された意味の間に序列も生じてい…

時間を止めることと、時間のない世界で移動すること

はじめに 先日、こんなことを書いた。 「真如」もしくは「空」が分節することでこの世は始まりました。 「始まった」というのは文字通り、時を刻み始めた、と言い換えることもできるのですが、この「時を刻む」という観念こそが「分節」されたこの世を起点と…

「反ー存在」態としての人間 ―『意味の深みへ』を一読して

はじめに 井筒俊彦さんの『意味の深みへ』を一読し、現在は『コスモスとアンチコスモス』にとりかかっている。 この先、何度も読まなければならなくなる著作であり、読むたびに変化を余儀なくされる著作であることから、ここに一読した印象を記しておくこと…

着衣せる霊体に関する考察1

はじめに 心霊写真、心霊ビデオ。そこに写っている、または映っている、霊体はそのほとんどが着衣姿である。ほとんど、というか、ヌードの心霊写真というものを見た記憶がない。 心霊はなぜ着衣しているのか? 衣服までもが霊体と化すのは何故か? 先日、こ…

理解するな、信仰せよ ──比喩としてのキリスト教

はじめに 『ブッダの方舟』に常に立ち返る。仏教という智慧と自分との距離の指標となる本だからだ。 あなたは赦されている この本の中に『キリスト教は「believe」によって成り立つ特異な宗教で、このbelieveに相当する日本語というものはない』というような…

岩波文庫より井筒俊彦さんの著作が立て続けに刊行された狂喜

はじめに 偶然立ち寄った本屋の岩波文庫のコーナーで見つけたのは、図書館の検索で「該当なし」だった、井筒俊彦さんの『神秘哲学 ギリシアの部』だった。そしてその隣には、『意味の深みへ 東洋哲学の水位』と『コスモスとアンチコスモス 東洋哲学のために…

『意識はいつ生まれるのか』―「いつでしょ!」

はじめに 『意識はいつ生まれるのか 脳の謎に挑む統合情報理論』は、2015年5月25日に第一刷で、同年7月10日に第三刷までいっている、人気のある本だったらしい。 「いつ生まれるの?」「今でしょ!!」(え~~~~ 今さら……) ……結論からいって、「いつ」…

ざっくりさん講読7 「ミリンダ王の問い」8.第七章 (第一編完)

第一 十六種の記憶形式 ミリンダ王(以下ミ)「記憶っていうのは、いくつの出来方があるのかな?」 ナーガセーナ(以下ナ)「十六種類さ。一個ずつ説明しようか?」 ミ「是非」 ナ「①自覚的回想 ②外部からの助成 ③強烈な印象 ④しめしめ、という気持ち ⑤損し…

真如はなぜ分節する性質を持つのか ―『意識の形而上学』が竜を呼んだこと

はじめに 『東洋哲学覚書 意識の形而上学 ―大乗起信論の哲学』井筒俊彦著 を読んで、新たに拓けた知見について記す。 問題意識 こうした本を読むとき私はいつも以下の問いを解決したいと考えている。 「真如はなぜ分節するのか」 真如の私的定義 私にとって…

ざっくりさん講読6 「ミリンダ王の問い」7.第六章

第一 出家者の身体感 ミリンダ王(以下ミ)「出家した人って身体が資本だと思ってるでしょ」 ナーガセーナ(以下ナ)「べつに」 ミ「でも君ら、けっこう規則正しいヴィーガンっぽいじゃん」 ナ「君はさあ、矢とか刺さったことあるべ」 ミ「戦場においてはね…

不可説不可説転 ―実無限の寒天

はじめに 華厳経が好き。豪奢で華麗だから。 「善悪」とか「仏性」とかにはあまり興味はなくて、華厳経に表れてくる「宇宙」が好き。人間なんてどうでもいい。人間が人間になる以前のことが書いてある部分が好きで、人間が人間でなくなった後が書かれている…