望月の蠱惑

enchantMOONに魅了されたので、先人の功績を辿って、自分も月へ到達したい。

穴埋め問題 ―『短歌の不思議』東直子

はじめに

How to 短歌。そこには人それぞれにルールがある。文語か口語かなどの形式的な選択はもとより、短歌の文体について問えば、千差万別の目標と正解例が得られるだろう。だから、人はそれぞれが目指す短歌に沿ったHow to 本を選ばなければならない。「短歌の入門書」は膨大な数があり、それぞれに文体が異なっている。

わたしの中の短歌の文体区分は、古代、近代、前衛、サラダ記念日(1987年5月8日初版)発行以降、穂村弘『シンジケート』1990年)以降、に分類されます。それぞれの系譜を自分なりに追ってみるのも一興だ。それは、自らが目標とする短歌の始祖を巡る研究となるだろう。

脱線:こうした系譜は、ロボットアニメや漫才の系譜をたどることに似ている。鉄腕アトムマジンガーZ、コンバトラーV、ガンダムエヴァンゲリオン。いとしこいし、コメディーNO.1、ちゃんばらトリオ、セントルイスコントレオナルドやすしきよしB&B、ツービート、ダウンタウンおぎやはぎ、など。でもこれはまた別のお話

短歌にはさまざまな結社があり、それぞれの結社にはそれぞれの文体がある。そのなかで切磋琢磨して、文体を自家薬籠中の物としさらなる境地へ向かう、というのはとても理想的だ。

わたしは結社に属していないからHow to 本に頼っているのである。

 

『短歌の不思議」東直子さん ふらんす堂 2015年9月29日 二刷

これがわたしの理想とする短歌の具体的なアプローチ方法を記した入門書の一冊だと確信したのは、冒頭のこの文章からだ。

短歌を作るということは、「五七五七七」の決められた器に言葉を盛り込み、その化学反応でなんらかの世界を築く、言葉の実験の一つだと思います。(同書 p.7)

これまでわたしが座右の銘としていたのは島田修二さんの以下の言葉だった。

何かを言おうとするのではなく、何かを伝えようとするのでもない。とにかく五つの詩を書くのだ、と思うことです。
何となく説明的になっている場合が多いようです。調べを整えて、三十一音の詩、五連を綴ってみることです。そして、ひとりよがりにならないで、とに角、意味を通す工夫をしてください。「言葉へのあこがれを持つ」

上記二つの言葉は同じことを示している。それは、短歌は散文ではない。ということだ。この当然のことをわたしは愚直に実現しようとし、つねに挫折しているのである。

ところで、今回のブログは、『短歌の不思議』の要点をまとめ、今後の作歌のガイドとしよう、というのとは少し違う。実際、本書は全て一言一句が重要であり、要約すれば意味合いが変わってしまうからだ。だから、本書の中にでてくる「短歌の穴埋め問題」とその解答例、及び正解にしぼって、覚書としようと思う。

正解については、ブログの「続きを読む」の後へ記しておき、ネタバレ対策としたい。

それでは始める。

『短歌の不思議』穴埋め問題集 ※番号はわたしが勝手に付けたものです

01.死ぬまへに(  )を食はむと言ひ出でし大雪の夜の父を怖るる

   解答例:鰻・餅・肉・虹・鶴

 

02.白き霧ながるる夜の草の園に自転車はほそき(  )濡れたり

   解答例:タイヤ・ハンドル

 

03.千人の十二歳の解く算数の鉛筆の音が(  )を圧す

   解答例:回答欄・机

 

04.自転車のサドルを高く上げるのが(  )をむかえる準備のすべて
   解答例:君

 

05.<少年>の声に呼ばれてめくりゆく古きノートのなかの(  )
   解答例:分数

 

06.冷蔵庫にホヤをしまへりノートのはきいんと冷えた(  )ありけり
   解答例:ビール? 日本酒?

 

07.「また電話しろよ」「待ってろ」いつもいつも命令形で(  )を言う君
   解答例:わがまま・勝手・愚痴・束縛

 

08.酔へば寂しがりやになる夫なりき偽名してかけ来し電話切れど(  )
   解答例:未練のような心持の言葉?

 

09.ランドセル鮮紅の群そのなかのひとつに白き(  )ひそみゐむ
   解答例:紙

 

10.目ざめゆく梅、はじめての純白の花咲かせたり(  )のごとく
   解答例:天使・少女

 

11.こんなにも湯呑茶碗はあたたかく(  )に吾はおるなり
   解答例:心しずか・夢見ごこち

 

12.(  )縫ひ閉ぢむため針箱に姉がかくしておきし絹針
   解答例:お手玉・縫いぐるみ・傷口

 

13.鳳仙花の種で子どもを遊ばせて(  )はさびしい庭でしかない
   解答例:路地・公園・屋上

 

14.あれは虹でしたか(  )の奥の庭にこどものあなたいました
   解答例:この歌の背後の物語をふくらませることのできる庭とは?

 

15.完走をなせし男の子はゆらゆらと(  )のごとうずくまる
   解答例:子犬・うさぎ・海藻

 

16.ずぶ濡れのラガー奔るを見おろせり(  )にむけるものみな走る
   解答例:ゴール

 

17.新宿駅西口コインロッカーの中のひとつは(  )の音する
   解答例:赤ん坊・携帯

 

18.会うまでの(  )たっぷり浴びたくて各駅停車で新宿に行く
   解答例:気持ち・こころ・光

 

19.今夜わたしは(  )の声で話すからキャッチホンは無視してください
   解答例:小鳥・少女・妖精

 

20.アンデルセンのその(  )に似し童話抱きつつひと夜ねむりに落ちむとす
   解答例:なし

 

21.ただ一挺の天与の楽器(  )といふ人体に似てやはらかな楽器
   解答例:ヴァイオリン・ギター

 

22.チェンバロの(  )に眼を閉ざす 樹も樹の翳も寂かなる午後
   解答例:チェンバロの音を言葉で示すなら?

 

23.(  )にのりさうだなと聞いてゐる遠い電話に弾むきみの声
   解答例:電車・自転車・雲・羽

 

24.わがこゑのカセットより流れいでわが(  )の声となりゐつ
   解答例:初めて・驚き

 

25.さびしさにうそりうそりと増える髪肩に垂らして(  )のごとをり
   解答例:人形・石・闇

 

26.をさなさははたかりそめの(  )に似て春雪かづきゐたるわが髪
   解答例:なし

 

27.地図にない離島のような形して(  )誰からも忘れられている
   解答例:ゾウリムシ・服の染み・ノートの汚れ

 

28.出奔せし夫が住むといふ(  )目とづれば不思議に美しき島よ
   解答例:沖縄・ハワイ・グワム

 

29.をり鶴のうなじ(  )折り曲げて風すきとほる窓辺にとばす
   解答例:きちんと・しっかりと

 

30.ついに(  )なき恥の日々図書館の窓より冬の塑像見ている
   解答例:なし

 

31.殺された英雄たちの(  )のやうにひかりて時を駆ける鮭たち
   解答例:目・血・たましい・観念

 

32.(  )の釣糸ひかり魚たちは捕えられゆくとき立ち上がる
   解答例:テグス・透明

 

33.どこに行けば君に会えるということがない風の昼(  )が眩しい
   解答例:空・雲・太陽

 

34.散蓮華会えない人も会う人も(  )のような粥を掬いぬ
   解答例:のり・どろどろ・朝靄

 

35.いくたびも下絵つぶしたのちの画布絵の具の厚みある(  )か
   解答例:青空・自画像・ふるさと

 

36.片足を毛布から出し眠る子は片足を残し(  )
   解答例:風邪をひきそう・夢を見ている

 

37.暗がりの夜具の外なる子の顔は(  )のようなりそがわれを呼ぶ
   解答例:ウサギ・リス・天使

 

38.まへをゆく日傘のをんな羨しかりあをき(  )のくびすぢをして
   解答例:なし

 

39.眼下はるかな紺青のうみ騒げるはわが(  )ならむ 靴紐むすぶ
   解答例:心・記憶・夢・気持ち

 

40.赤い髪赤いツナギに赤い靴あれは私の(  )だったか
   解答例:制服・正装・必要・大切

 

41.恋人に会う日のわれは甘い水 勘のよい母の(  )がひかる
   解答例:瞳・額・眼鏡

 

42.水滴のひとつひとつが月の(  )レインコートの肩を抱けば
   解答例:涙・夢

 

43.(  )の遠景に今も雪降るに鍔下げてゆくわが夏帽子
   解答例:山並み・ふるさと

 

44.立つてゐるその老人は(  )にあらざれば毛の帽子かぶれり
   解答例:街路樹

 

45.樹にされし男も芽吹きびっしりと(  )の詰まれる鞄を開く
   解答例:愛

 

46.おりたたみしき(  )を鞄につめこみて軍のときは逃げる覚悟だ
   解答例:自転車

 

47.房総へ花摘みにゆきそののちに(  )やうに別れき
   解答例:友達に戻る・自然消滅

 

48.(  )をかくも素直に愛しゐし日々は還らず さよなら京都
   解答例:街並・学友・勉学

 

 

 

 

 

01.死ぬまへに孔雀を食はむと言ひ出でし大雪の夜の父を怖るる

   小池光『廃駅』

02.白き霧ながるる夜の草の園に自転車はほそきつばさ濡れたり

   高野公彦『汽水の光』

03.千人の十二歳の解く算数の鉛筆の音が冬空を圧す
   森尻理恵『S坂』

04.自転車のサドルを高く上げるのが夏をむかえる準備の全て
   穂村弘『シンジケート』

05.<少年>の声に呼ばれてめくりゆく古きノートのなかの夕焼け
   三枝浩樹『朝の歌』

06.冷蔵庫にホヤをしまへりノートにはきいんと冷えた一首ありけり
   大口玲子『東北』

07.「また電話しろよ」「待ってろ」いつもいつも命令形で愛を言う君
   俵万智『サラダ記念日』

08.酔へば寂しがりやになる夫なりき偽名してかけ来し電話切れど危ふし
   大西民子『まぼろしの椅子』

09.ランドセル鮮紅の群そのなかのひとつに白き鳩ひそみゐむ
   大塚寅彦『ガウディーの月』

10.目ざめゆく梅、はじめての純白の花咲かせたり驚きのごとく

   佐々木幸綱『夏の鏡』

11.こんなにも湯呑茶碗はあたたかくしどろもどろに吾はおるなり
   山崎方代『左右口』

12.地平線縫ひ閉ぢむため針箱に姉がかくしておきし絹針
   寺山修司田園に死す

13.鳳仙花の種で子どもを遊ばせて父はさびしい庭でしかない
   吉川宏志『夜光』

14.あれは虹でしたか薬屋の奥の庭にこどものあなたいました
   東直子『青卵』

15.完走をなせし男の子はゆらゆらと紙飛行機のごとうずくまる
   上野久雄『バラ園と鼻』

16.ずぶ濡れのラガー奔るを見おろせり未来にむけるものみな走る
   塚本邦雄『日本人霊歌』

17.新宿駅西口コインロッカーの中のひとつは海の音する
   山田富士郎『アビー・ロードを夢見て』

18.会うまでの時間たっぷり浴びたくて各駅停車で新宿に行く
   俵万智『サラダ記念日』

19.今夜わたしは桔梗の声で話すからキャッチホンは無視してください
   江戸雪『百合オイル』

20.アンデルセンのその薄ら氷に似し童話抱きつつひと夜ねむりに落ちむとす
   葛原妙子『橙黄』

21.ただ一挺の天与の楽器短歌といふ人体に似てやはらかな楽器
   永井陽子『ふしぎな楽器』

22.チェンバロの銀の驟雨に眼を閉ざす 樹も樹の翳も寂かなる午後
   三枝浩樹『銀の驟雨』

23.五線紙にのりさうだなと聞いてゐる遠い電話に弾むきみの声
   小野茂樹『羊雲離散』

24.わがこゑのカセットより流れいでわが生前の声となりゐつ
   葛原妙子『をがたま』

25.さびしさにうそりうそりと増える髪肩に垂らして森のごとをり
   日高堯子『野の扉』

26.をさなさははたかりそめの老いに似て春雪かづきゐたるわが髪
   大塚寅彦『刺青天使』

27.地図にない離島のような形して足の裏誰からも忘れられている
   杉﨑恒夫『パン屋のパンセ』

28.出奔せし夫が住むといふ四国目とづれば不思議に美しき島よ
   中城ふみ子『乳房喪失』

29.をり鶴のうなじこきりと折り曲げて風すきとほる窓辺にとばす
   栗本京子『中庭』

30.ついに暗転なき恥の日々図書館の窓より冬の塑像見ている
   藤原龍一郎『夢見る頃を過ぎても』

31.殺された英雄たちの帷子のやうにひかりて時を駆ける鮭たち
   井辻明美クラウド

32.存在の釣糸ひかり魚たちは捕えられゆくとき立ち上がる
   大滝和子『竹とヴィーナス』

33.どこに行けば君に会えるということがない風の昼橋が眩しい
   永田紅『日輪』

34.散蓮華会えない人も会う人もこころのような粥を掬いぬ
   東直子『青卵』

35.いくたびも下絵つぶしたのちの画布絵の具の厚みある中年か
   松平盟子『天の砂』

36.片足を毛布から出し眠る子は片足を残し膨れてゆきぬ
   川野里子『青鯨の日』

37.暗がりの夜具の外なる子の顔は島のようなりそがわれを呼ぶ
   花山多佳子『草舟

38.まへをゆく日傘のをんな羨しかりあをき蛍のくびすぢをして
   辰巳泰子『紅い花』

39.眼下はるかな紺青のうみ騒げるはわが胸ならむ 靴紐むすぶ
   福島泰樹バリケード・一九六六年二月』

40.赤い髪赤いツナギに赤い靴あれは私の動脈だったか
   花山周子『屋上の人屋上の鳥』

41.恋人に会う日のわれは甘い水 勘のよい母の蛍がひかる
   駒田晶子『銀河の水』

42.水滴のひとつひとつが月の檻レインコートの肩を抱けば
   穂村弘『シンジケート』

43.かなしみの遠景に今も雪降るに鍔下げてゆくわが夏帽子
   斉藤史『ひたくれなゐ』

44.立つてゐるその老人は消火栓にあらざれば毛の帽子かぶれり
   小池光『日々の思い出』

45.樹にされし男も芽吹きびっしりと蝶の詰まれる鞄を開く
   佐々木幸綱『アニマ』

46.おりたたみしき空を鞄につめこみて軍のときは逃げる覚悟だ
   渡辺松男『歩く仏像』

47.房総へ花摘みにゆきそののちにつきとばさるるやうに別れき
   大口玲子『海量』

48.退屈をかくも素直に愛しゐし日々は還らず さよなら京都
   栗本京子『水惑星』

以上