望月の蠱惑

enchantMOONに魅了されたので、先人の功績を辿って、自分も月へ到達したい。

『心を操る寄生生物 感情から文化・社会まで』 のおもしろいところ

はじめに

紹介されて読みました。『心を操る寄生生物 感情から文化・社会まで』

www.intershift.jp

 人間の文化・社会は、基本的に「差別」から発生し、その根本原理は、寄生生物、感染症への恐怖による心理的抵抗である。という話がメインで、これはこれでとてもおもしろいものでした。

 が、何よりも私が好きなのは、寄生生物が宿主を支配する手腕と、ピタゴラスイッチ的な信じられないほどの周到さなのです。

 今回はその部分だけピックアップします。

吸虫と蟻 (蟻→羊)

 蟻を羊に食わせるため、夜間、草の先にじっとぶら下がるよう仕向ける。(昼間は蟻が弱ってしまうので、通常行動を妨げない)

鉤頭虫と甲殻類甲殻類マガモ、ビーバー、マクスラット)

 驚くと、泥の中へではなく泥の表面にむかって、(または明るいほうへ明るい方へ、逃げて)動き回るよう仕向け、鳥に食われやすくする。

ハリガネムシとコオロギ(コオロギ→水中)

 コオロギの持つ神経化学物質にそっくり同じものを生産する。特に視力に関するタンパク質が多く、明るいところ(生息環境では、夜間の水面など)を好むようになる。ハリガネムシはコオロギに入水させるとすぐ水中に出るが、外に出るまえに魚や蛙に食われる場合もある。その場合は、魚の鰓や蛙の鼻からゆうゆうと出てくる。

ギニア虫と人間(ケンミジンコ→人間)

 成虫によって人間の胃酸から守られた幼生は腸壁を潜り抜けて腹筋の内側で成虫となり、交尾。オスはその場で死ぬがメスは1メートルほどの大きさになって、足かふくらはぎへ向かう。多くの幼生をみごもったメスは、酸を出して皮膚に痛くて痒い水ぶくれを作る。焼け付くような痛みに人間が足を水に浸けようとした時、メスは皮膚を破って口から幼虫を吐き出す。一回に数百から数千匹。それが何日も続く。

ロイコクロリディウムとカタツムリ(カタツムリー鳥)

 カタツムリの体内で孵化してチューブ状に成長。脳を占領して触覚に入り込み、膨らむ(張り詰めた皮が薄くなって、鮮やかな幼虫が透けて見える)。それが芋虫のように動く。昼行性となり活発化する。葉の上に出てくるようになる。鳥に触手を食われても、再び触手は再生できるが、再び寄生されない保証はない。

条虫(ブライシュリンプ→フラミンゴ)

 半透明のブライシュリンプをピンク色に変える。宿主を去勢して寿命を延ばし、交尾期と勘違いさせて、同じように寄生された仲間を終結させる。水面がピンク色に染まり、それを食べようとフラミンゴが集まってくる。

リボン状の吸虫(メダカ→鳥)

 泳ぐとき体を横にして、くるりと身を翻す動作の頻度があがる。キラキラして目立つ。メダカの脳に数千匹が寄生している。セロトニンの調整を混乱させて、不安を抑制してしまう。

マラリア原虫(蚊ー人間)

 蚊の内部で繁殖している時は、蚊の食欲を抑えて人間に叩き潰されにくくし、十分な個体数となって感染しやすくなったら、食欲を亢進させ人間を咬むようにしむける。その際、抗凝固物質の供給をたつので、血が固まりやすくなる。そのため、蚊は次々と新しい人間を咬みにいかねばならない。

 また、人間の循環器系に入り込んでからは、血小板生産能力を妨げ、血を流れやすくすることで、蚊にたくさん血を吸ってもらえるようにする。さらに、体臭を強めて、蚊に見つけさせやすくする。

リーシュマニア原虫(サンショウバエー人)

 体臭にサンショウバエが好む匂いを出させる。

デングウィルス(蚊ー人間)

 蚊が人間の臭いに敏感になるよう操作する。触覚の嗅覚受容体に影響を与える遺伝子を変化させることによって。

カンキツグリーニング病(病原菌ーミカンキジラミ)

 繁殖サイクルを速くし、木々へ飛び移る頻度も上昇させる。

クモヒメバチの仲間の寄生バチ(ークモ)

 クモの腹部に卵を産む。孵化するとクモの体液を吸いながら成長する。一週間後、化学物質の注入により幼虫のための巣を作らせる。これは通常とは全く異なる、幼虫のための形をしている。(暴風雨に耐える強度と、幼虫のための個室、鳥やトカゲの目を眩ますダミー室などを具えている)

 巣が完成すると、クモは体液を全て吸い取られて死ぬ。

このような巣をつくらせるのは、クモの中枢神経に働く薬液のカクテルの、濃度変化である。途中で幼虫を取り除くと、巣のデザインがだんだんと元のものに戻っていく。

 クモと寄生ハチとはそれぞれに多彩な種類があり、その組み合わせによって実に多様なデザインの巣が作られる。また、観察のため採集ビンにいれておいた蜘蛛は、壜の形を利用した3D形状の巣を制作し、幼虫の部屋に扉をつけたりもした。このように、宿主のポテンシャルを最大限に引き出す操作を行うことが特徴である。

エメラルドゴキブリバチ(ーワモンゴキブリ

 ゴキブリの背に乗り、まず胴に注射をして麻痺させ、それから脳にそっと針で三十秒ほど触診の後、特定の部位へ毒を注入。胴に打った毒の効果が消えても、ゾンビ状態となる。ハチはゴキブリの触覚を切り取り、巣穴を見つけに行くが、その間ゴキブリは卵を産み付けられることになる自分の身体をせっせと清潔にして待っている。戻ってきたハチが切り取られた触覚の根本を持って、みつけてきた巣穴まで誘導。ゴキブリの身体にタマゴを産み付けて巣穴を出てフタをする。ゴキブリは生きたまま、おとなしく孵化した幼虫に身体を食われる。

 このハチは、針の先端に張力と圧力とを感知する機械的受容器をもっている。脳を包む鞘に針が到達すると、少し抵抗があって曲がる。ハチはその感覚で「ここをおして毒を噴射すればよい」と分かる。毒液にはドーパミンが含まれている。これは、ネズミに毛づくろいをさせる成分でもある。

フクロムシというフジツボの一種(-カニ

 泳いでいて、カニの臭いでカニにしがみつく。メスはカニの殻を突き通して、ミミズのような細胞(メスの中身)を注入する。体外には大きな袋(外皮)のみが残る。カニの体内で、この細胞は根が絡まるように成長し、カニの眼柄神経系、その他に入り込む。カニは通常通り行動するが栄養はみなフクロムシに奪われ、カニ不妊となる。

 メスのカニの袋へ自分の育児嚢を露出させると二匹の雄のフクロムシがやってきて受精させる。カニは自分の卵であるかのように、せっせとフクロを清潔に保つ。そして、孵化の時は深海へ潜り、孵化したフクロムシの幼生を、あたかも自分の幼生のように力いっぱい吐き出して、ハサミで掻きまわして遠くへと送る。

 このサイクルが、一生続く。

また、オスのカニもメスに変化させてしまう。腹の幅を広げ、育児嚢をもつようにしてしまうのだ。

アリタケの仲間の冬虫夏草(-アリ)

 オオアリについた胞子はすぐに菌糸を伸ばしてアリの体内に侵入。身体全体を占拠する。そして太陽の南中時、木の上にいるよう命令し、アリは30センチの高さで木の北西側にある葉の裏へ移動し、葉の主葉脈に噛みつく。それと同時にキノコがアリの下顎をコントロールする筋肉を破壊し、顎は永久に閉じたままにする。蟻はぶら下がったまま死に、頭からキノコが生えてくる。そこで子実体が出来き、これが破裂して、その下を行き来する蟻に降りかかる。

 このキノコは麦角菌科であることから、アリの神経物質に似た成分のものばかりでなく、異質な化学物質をも生成しているものと考えられている。(→マリーセレスト号事件)

カフェイン(-ミツバチ・人間)

 一部の花の蜜にはカフェインが微量ながら含まれている。通常、カフェインは昆虫を遠ざけるものだが、濃度は人間が薄いコーヒーを一杯飲む程度。ミツバチがこのカフェイン入りの蜜をすうと、花の場所の記憶力が飛躍的に高まることが知られている。ミツバチの脳と人間の脳とは似ている。花蜜にカフェインが含まれる植物は多くは無いが、そのほとんどが人間が好み、広く栽培されている。コーヒー、茶、カカオ、コーラなど。

トキソプラズマ(猫ーネズミ、人間)

 猫の体内でのみ有性生殖し、糞として排出され、ネコのトイレ掃除をする人間に寄生する。交通事故や統合失調などの精神に影響を及ぼす。人間の妊婦が感染すると、胎児の神経系や目に影響を及ぼし流産の可能性も高まる。また出産した場合も、脳や視覚に障害が出ることがある。

トキソプラズマは三人に一人が脳に寄生させているといわれている。健康な人なら軽い風邪程度の症状で、脳細胞内に静かに収まった後は、問題を起こさないとされていた。(潜伏感染)しかし、MRIによれば大脳皮質の一部から灰白質が失われていることが報告されている。

男性が感染すると、規則を破る傾向が強くなり、人と打ち解けず、疑い深くなる。身なりも不衛生となり時間にルーズになる。女性の場合は、それとはまったく逆の傾向が現れるという。これは男女間でのストレス発散の方法の違いによると説明されているが、男女とも、注意散漫で恐怖を感じにくくなるという共通点がある。また、実直さにかけ、外交的になるとの報告もある。

本来は、ネズミに中間寄生する。寄生されたネズミは異常に活発になり、環境の変化に鈍感になる。(人間と同じ)これにより猫に食べられやすくなると考えらえる。

 近年では、ネコよりも土いじりによる感染が多いとされている。また猫がトキソプラズマに寄生されるのは一回のみ。卵の排出も一度きりである。

トキソプラズマのDNAには神経化学物質を生産するコードがあり、それはドーパミンを生成に関与するタンパク質にコード化されており、通常の三倍もの量が生成される。統合失調症ドーパミン仮説と、トキソプラズマ向精神薬で弱ることから、両者の関係が研究されている。

 トキソプラズマはラットの睾丸にも入り込みテストステロンの生産を増やす。うぬぼれて攻撃的になる。(これは人間も同じ)メスのラットは感染したオスのラットとの交尾に積極的になる。子ネズミにも感染するため、よりネコが食べやすい子ネズミを増やす目的。感染した人間の男性は、ネコのおしっこの臭いに好意的だと感じるようになる。また、オスのラットはネコに求愛行動をする。(当然喰われる)

 メスの場合は、性周期を調整するプロゲステロン血中濃度が上昇し、性に対して向こう見ずにさせる。

インフルエンザウィルス(-人)

 ワクチン接種(つまり感染)後の三日間、この期間はもっとも他人へ感染させやすい時期なのだが、その間、人は通常の二倍も社交的になる。

HIV(-人)

 末期になると、恐ろしいほどの性欲に憑りつかれる次期があるという。

おわりに

他に「狂犬病の症状の理由」「トキソカラ属と認知障害」「腸内細菌と腸神経系」。また、生活習慣としての「行動的、心理的免疫」など、なかなか興味深い内容が多かった。最終的には「嫌悪の文明」と「感染症」というテーマが語られ、非常に示唆に富む。そちらはまた、いつか取り上げたい。