望月の蠱惑

enchantMOONに魅了されたので、先人の功績を辿って、自分も月へ到達したい。

タテモトマサコは日記を書くか ―世にも奇妙な物語’20秋の特別編「タテモトマサコ」より

以下のブログは、タイトルの作品のネタバレを含みます。

はじめに

世にも奇妙な物語’20 秋の特別編 2020年11月14日(土)放送
「タテモトマサコ」

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タテモトマサコ

〈脚本〉山岡潤平

シナリオ作家協会主催のシナリオ講座を受講したのち、『世にも奇妙な物語 2008春の特別編』の「さっきよりもいい人」(2008年、フジテレビ、主演:伊藤英明)でドラマ脚本家デビュー。

人物造形には球体をイメージしており、人間は今見えている部分と相反するものも持ち合わせており、軸が変わることでまた違う面を見せるものと考えている。また、登場人物の過去を描くことが人物や物語の掘り下げになるとは考えておらず、現在の言動から過去が見えてくるのが理想的な脚本であると述べており、作品で描かれていない部分については視聴者の想像に委ねている(wikipediaより)

 

 〈原案〉荒木哉仁

'20夏の『三つの願い』(主演 伊藤英明)の脚本(初)、'20秋『イマジナリーフレンド』(主演 広瀬すず)脚本


〈演出〉小林義則

群馬県出身。1987年に共同テレビに入社、当初在籍していたCM部からドラマ部へ異動し、2001年に『ココだけの話」』(テレビ朝日)で初演出。その後、共同テレビ制作のテレビドラマの制作に携わる。代表作は『海猿 UMIZARU EVOLUTION』(フジテレビ)、『アンフェア』(関西テレビ)など。2007年3月17日公開の『アンフェア the movie』では初の映画監督を務めた。

世にも奇妙な物語の演出
秋の特別編「採用試験」(2002年、フジテレビ)
2004年秋の特別編「殺し屋ですのよ」(2004年、フジテレビ)
20周年スペシャル・春 〜人気番組競演編〜「まる子に会える町」(2010年、フジテレビ)
2011年 秋の特別編「憑かれる」(2011年、フジテレビ)
2012年 春の特別編「スウィート・メモリー」(2012年、フジテレビ)
2020年 秋の特別編「タテモトマサコ」(2020年、フジテレビ)
wikipediaより 

 〈主演〉大竹しのぶ

テーマ1 言霊

 言ったことが実現する。

「小学生のころ、みんなに嫌われている教師に「死んでしまえ」というようなことを言ったら本当に死んだ。だがみんなは感謝してくれず、恐れられた。死んだ教師には婚約者がいたので、不細工だが金持ちの男と結婚させてやったが、誰も褒めてもらえなかった」

 よい指導者にめぐりあえないままタテモトマサコは孤独を深めていった。

 命令すれば、誰でも友人や恋人にできた。だが、そのようにして作る人間関係は本当ではないということをタテモトマサコは人一倍分かっていた。そして、感情を言葉にすることで、望まない現実を引き起こしてしまったことも多かったのだろう。

 それで、しゃべらない。ことを選んだタテモトマサコは善良だったと思う。

 言ったことがなんでも現実になる苦悩とは、真実しか語れない苦悩に似ている。そのような場合、人は対人関係を遮断するしかなくなる。そして、どうしても困ったときの切り札としてのみ、その力は誰にも知られぬよう講師されねばならない。デスノートを書くときのように。

 自らの保身のためにタテモトマサコは「忘れなさい」「死になさい」という二つの命令を使い分ける。忘れることは、殺すことと同じだという理解が、タテモトマサコにはある。それは記憶に関する深い洞察によって培われたのだろう。

 また、この命令のみが保身のために有効であることから、言霊は、非常に限定的な効果しかもたないことが明らかだ。

 言霊は、言ったことだけしか成就しない。

 だから、「黙っていろ」という命令では、文書による告発や、強請り、などを規制できない。

 また、「○○してほしい」という依頼の形式は相手の自由意思に縋る言葉であるため、拒絶を許容する。

 事実上、タテモトマサコが言霊を用いるのは、「忘れなさい」と「死になさい」の二つだけなのである。(「知っていることを話なさい」もあるが、前述の二つの命令が必要か否かを判断するための事実確認でしかない)

テーマⅡ パロールエクリチュール

 タテモトマサコの言霊は、「指輪」と「文字」に敗れた。

 とくに「文字」の存在の持続性が、「忘れなさい」という命令を解く。だから、「忘れなさい」という命令は、記憶を消すのではなく、自らが想起することを拒否するという、いわば催眠暗示として効果を発揮しているのであって、記憶を生滅させるという物理的な変化をおこさせるものではない。

 「死になさい」という命令が、つねに「自殺(喉を切れ。塗料を飲め。飛び降りろ)であり「事故で死ね」や「病気で死ね」でなかった理由は、言霊が意思を強制する力であることを示している。

 言霊は催眠暗示であって、サイコキネシスではないのだ。

 意思は意思によって克己できる。その際に苦痛(頭痛、吐き気、鼻血)を伴うのは、超能力モノの定番である。タテモトマサコはNIGHT HEADを見たことがあるだろうか。

 ということで、パロールは、それを強制的に相手に届けることができる代わりに、記憶にしか留まることができない。「忘れなさい」という命令は、その言葉通り「忘れられる」だから、自分が「忘れろ」と命令されたという書字を読むことで、忘れろ言われていることが何だったのかを思い出すことができる。

 タテモトマサコは、「思い出してはいけない」と命令すべきだったのではないか、と思う。もっと保険をかけるのなら、

「思い出してはいけない、ことを忘れてはいけない」

というべきだったのだ。

テーマⅢ タテモトマサコの文体

 このテーマについては、屋上でタテモトマサコがしゃべりまくる場面を全て書き起こしてみる必要があるが、その用意のない今は放送時の記憶のみで、概要のみ書いておく。

 タテモトマサコの、あの奇妙な語り口が、今回のドラマでもっとも好きだった。

 言霊を持つ自覚のある者が、これまでの年月で培った対人関係の全てが、その語り口に集約されていると思うからである。タテモトマサコの独白。そう。それはまさに、相手の反応を期待しない、一方通行の独白に他ならない。タテモトマサコは、会話のおける売り言葉に買い言葉的な展開を恐れていたと思う。だから、喋り始めるまでに空隙があったのは、予め自らが語るべき科白を確認していたからだと思う。

 だから、相手に「黙れ」と命令されたとき、あれほど戸惑ったのである。

 タテモトマサコは会話を拒絶していた。唯一会話をしていた相手は、便所の扉にマジックで書いたイマジナリーフレンドだけであり、そのイマジナリーフレンドは、完全なYESマンとして存在している。つまり、そこでもタテモトマサコは、ダイアログを模したモノログしかしないのだ。そしてその唯一の話し相手も、用が済めば消し去ってしまう。発語と同じく「残る」ということをタテモトマサコは恐れていたのだ。

 それでいながら、「愛する人に愛される」「仕事で人の役に立つ。ありがとうと言ってもらう」という二つの幸せを挙げている。これはどちらも「相手の心に残ること」を意味する。だが、その「残る」ということを、言霊遣いのタテモトマサコは恐れなければならなかった。

 だからおそらく、タテモトマサコは日記を書かない。本当は、言いたかったことを吐き出すため、日記を一番必要としているのだと思うのだが、書くことは思うことであり、思うことは言葉にすることであり、言葉にするということは、しゃべることだから、日記は書けないのである。

 脳内発語だけならば、言霊は発動しないという設定だと思うが、思うことすら自らに禁じなければならなかったのだとしたら、タテモトマサコのセルフコントロール力こそが、超人的である。

テーマⅣ 救い

 ラスト。タテモトマサコは自らの「タテモトマサコのことは忘れなさい」という命令を、録音した音声として聞き、タテモトマサコのことを忘れる。

 他人のことを忘れることと、自分ことを忘れることの非対称性が、このドラマの白眉だった。タテモトマサコは、誰かのなかに「残る」ことを恐れ「忘れろ」と命令し続けていたのだが、自分のことを忘れた時、初めて「忘れられる」ことを恐れたのだった。

 しかし、会社を後にするタテモトマサコはハレバレとした顔をしたと思う。言霊のことも、自らが犯した罪も忘れて、彼女は初めて「言葉」の呪縛から、逃れることが出来たからだ。たとえ、それが一時的であったとしても。

おわりに

 数年後。タテモトマサコは、CNNやBBCなどの中継で、「戦争をやめなさい」と叫んでいるかもしれない。