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望月の蠱惑

enchantMOONに魅了されたので、先人の功績を辿って、自分も月へ到達したい。

名文紹介 ~山さ行がねが~

 ご覧いただくにあたって

 お願い: 以下、便宜上、ご紹介する文章が掲載されているページへのリンクを貼りますが、レポートの第一回から、いや、HPのトップページから、深く濃いレポートの全貌を熟読していただきたいのです。 yamaiga.com

 現在WEBで読める素晴らしいルポルタージュの一つだと確信しています。

その文章は、純文学といっても過言ではないと私は思います。

 自らの体験を、主観、客観の両方から吟味し、正確にわかりやすく伝えたい、という情熱の到達点が、ここにあると思うのです。

 

情景描写

ではまず、私が、最初に抜書きをした文章から。

神津島黒根の未成道 第2回

トンネル内に大量の土砂を流入させた、坑口前の土砂崩れの全貌が明らかとなった。

落差250mを越える神戸山の北側絶壁斜面が、その半ばの土が乗っている辺りから地表の薄い植生を全てめくり上げながら、この海岸線まで崩れてきていたのである。
http://yamaiga.com/road/kurone/main2.html

  リンク先に、写真があります。その写真の状況と、その原因となったがけ崩れの規模、恐ろしさをも合わせて表現せよ、といわれて、果たして、ヨッキれんさんのような、文章が書けるだろうか?(いや、書けない!)と思いました。この文体に結実するヨッキれんさんの経験の深さに、私は感動し、改めて「描写」を味わいながら、レポートを読み漁りました。

物理学とアニミズムの融合した、水流の生々しさ。 

ミニレポ第185回 上小阿仁村の晴れていてもびしょ濡れになる道

 堰を切ると同時に堤の中ほどの高さから落下させられた水は、直後に地上の水叩きへ綺麗に反射して放物線を描き出し、それから小阿仁川の河床へと着水していた。
そこに至って初めて奔放に振る舞うことを許された水は、決して狭くない川幅を蹂躙しただけではまるで収まらずに、その新雪のような水面を盛り立てては対岸の林地や此岸の道路へと果敢に挑み掛かっていた。

 http://yamaiga.com/koneta/koneta_185.html

 

文学作品のような完成度。

新潟県一般県道178号 山ノ相川下条(停)線 前編

そのとき、風が鳴った。地が轟いた。
冷たい空気が、いま越えてきたばかりの尾根から、猛烈に吹き込んできた。
稜線に目を遣ると、ギョッとするほどに薄暗く、シルエットしか見えなかった。
さっきまで、蒸し暑くて堪らなかった日差しは、もう全く見えなかった。
今し方の轟音が雷鳴だったと気付くのに、時間は要さなかった。
灰の濃淡だけになった空を、大きな枯葉が次々横切って飛んだ。
目が回るような早さで、雲が流れていた。

 峠は越えた。
だが、嵐が追いかけてきていた。
道に夢中になっていた私は、ぜんっぜん気付いていなかった。

もはや逃れる術はなかった。

http://yamaiga.com/road/npr178/main.html

この、不穏さ。

決して好転しないであろう、急転直下の予感に、じりじりする。

隧道レポート 長野県道142号八幡小諸線旧道 宮沢3号隧道 リベンジ編 第3回

 16:01

なぜにここまでと思うほどの、圧倒的頑丈な閉鎖二度目が、行く手を阻む。

冷たい死を美しさと共に閉じ込め、あの明るい人里から隔離している。

壁で塞いだだけで、たった19年前まで路線バスも通っていた生の通い路を、ここまで暗澹とさせてしまうのだから、

隧道の存在意義など、結局はただひたすらに貫通の一点にあることを思い知らされる。

http://yamaiga.com/tunnel/miyazawa/main5.html

ヨッキれんさんが愛して止まない廃隧道。しかし探索における「閉鎖」はヨッキれんさんの生死をも左右しかねない。愛と憎しみと。複雑な思いが感じられる。

 

専門用語の持つ、硬質なパワー

分りやすく、読みやすく、という姿勢に貫かれたレポートの中で、専門用語が放つ硬質さと、その力が効果的に活用されている。

道路レポート 神津島の砂糠山にある廃道 第2回

巨岩の山に息を遮られる思いがして、喘ぐように見上げると、そこにはもはや原形を留めなくなった山の形だけがあった。

先ほどのような、崩壊地でありながらも数学的には調和の取れた安定の姿(=安息角)はまるで見あたらず、ただ闇雲に崩壊せんとする乱然の姿である。

この道が突いてしまったのかも知れない、山体崩壊という魔巣の大きさに戦慄を憶えた。

http://yamaiga.com/road/sanukayama/main2.html

 がけ崩れの、現在進行形の怖さと、荒ぶる自然の強大さとを感じさせる。

 

 覚悟

また、自身の心理描写の感動的な深さも、素晴らしい。

道路レポート 早川渓谷の左岸道路(仮称) 第3回

ほら見ろ…

また、のっぴきならない険悪さが満ちてきたぞ…。

馴染みの県道が、どこまでも遠く、深くへ、離れていく。

私という小さな命の孤立が、止まらない。

どこかで踏みとどまる“勇気”を顕さなければ、最後は……。

http://yamaiga.com/road/hayakawa/main5.html

 廃道探索において、ヨッキれんさんの「道」に対する愛情は強い使命感となって、時に、自らの命を危うくする場へと駆り立てる。その時、ヨッキれんさんが繰り返す自問自答は、哲学となる。この哲学は、労働を奴隷にまかせ、寝転んで思索にふけるなどという生ぬるいものではない。数秒、数分のうちに、決定的な決断を下さねばならない時限付の問答は、読むものの心臓を締め付ける。

 駆り立てられる者の恐怖

道路レポート 林道樫山小匠線  第3回

あぁぁああ!! なんて怖ろしい、息苦しい眺めなんだ!!

こんな大河に挑むなんて、馬鹿げている。

この道、馬鹿だ。

 馬鹿の道連れで死にかねない、怖い。

http://yamaiga.com/road/kodakumi/main3.html

 ひたひたと迫る大河の、まだ緩やかながらも、確実に水位を上げていく予兆のなかを、自らの判断で、突き進まねばならないヨッキれんさんの叫び。

 

鮮やかな対比

主要地方道31号 浪江国見線 霊山不通区 最終回

振り返れば、自分が尾根の傍にいる事を実感させるような圧巻の景色。

 厳かな儀式のような日没を間近に、いよいよ陽は末期的な輝きを見せている。

シルエットだけになった低い山々の向こうに、広い信達平野が霞んで見えたが、その中で一際明るく反射している一角は県都福島に違いない。

だが、数十万が平穏に暮らす大地を一望する、この絶景も、あまりに大きな隔絶感の前では、ただ寂しさを増すばかりだった。

 http://yamaiga.com/road/ryozen/main7.html

 山深くで日没を迎えることになるレポートは、その不安感、孤独感にしめつけられそうになる。

 

その道に携わった人々への視線

道路レポート 早川渓谷の左岸道路(仮称) 第5回

“13分難所”ではまず7分悩み、次に“葛藤の尾根”で5分悩み、
最後は1分間使って横断したから、“13分難所”。

早川の先人たちは、私が生まれる遙か昔に、こんな所で働いていたのだな。
私と同じに、命綱も付けずに働いていたのだな。
遠いどこかの都会に電気を送る手伝いをすることで、子らに幸せを残すために

http://yamaiga.com/road/hayakawa/main7.html

 「道」(それに付随する構造物)は、望まれて、多大なる労力や資材を投じ、人々の希望を満載して建設された。

「廃」となった今、当時の人々の気持ちや、声を、ヨッキれんさんは、その道を辿った者として追体験する。

望まれ、苦労のすえ産まれ、様々な要因で捨てられる。その命運に、思いを馳せる。

 

素晴らしい文章を、しみじみとかみ締める。

道路レポート 島根県道23号斐川一畑大社線 塩津不通区 第2回

 県道は風走る峰に別れを告げ、

 山の陰なる海岸の村へ走り出す。

http://yamaiga.com/road/spr23/main2.html

 

廃線レポート 大井川鐵道井川線 接岨湖水没旧線 第1回

息を呑んだ。

  幽玄の美に向けられた 感嘆 と、

 目指すべき場所に向けられた 羨望 と、

 自らの安全に向けられた 不安。

 この三つの感情が一挙に私を捕らえて、 …息を呑む

 http://yamaiga.com/rail/sessoko/main.html

 

道 への 同化、対決、恋慕、哀悼

松ノ木峠のインパクトは、未だに忘れられない。

走破レポート 松ノ木峠 その3

もはや、道は死んでいた。
進むほどに、状況は悪化していた。
ほんの数年前まで現役であったはずの国道は、舗装という仕事着を纏ったまま、埋もれていた。
路上には、足の踏み場も無いほどに大小の落石がはびこり、落石防止のフェンスは全てが、粘土の様にひしゃげていた。
ここに見たものは、旧国道の、歴史の道の風情や情緒ではない。
殺された道の、悲痛な叫びがこだまする。
私は、この晴天の下でも、締め付けられるような何かを感じずにはいられなかった。

 怨嗟の眼差しを持った死人は、えてして道連れを欲するものだ。
そして、生贄が今、迷い込んだ。
それは、私であった…。
 私は、遂に、死の舞台へ、踏み込んだのだった。

http://yamaiga.com/road/matunoki/main3.html

 

 完膚なきまでに叩き潰された道

新潟県一般県道178号 山ノ相川下条(停)線 後編

せっかく作った道は、開通の誉れを迎える前に叩きのめされてしまった。
九十九折れの道、その最下段と一つ上の段を繋ぐヘアピンカーブが、最も破壊されている。
地表自体が何メートルも流れたようで、細かく砕けたアスファルトが波打っている。
いかにも崩れやすそうな土の段差が何段も道を寸断し、細かな亀裂は数え切れない。
破壊からひと夏ふた夏と過ぎ、一度はアスファルトの下に封印された草の種が芽吹き、草の海を漂う小舟のように、黒いアスファルト片が散乱する。

 それはまさしく、道の、死したる現場だった。

http://yamaiga.com/road/npr178/main2.html

 

リフレインする、健気さに涙する。

六厩川橋攻略作戦 第4回

でも、まだ頑張る!

まだ廃道になんてならない!

ここなども川が道にぎりぎりと迫っていて、保守を怠ればたちまち失われそうな感じだが、本当によく粘っている。

http://yamaiga.com/road/morimo/main4.html

 私は、この一文で、泣きました。

 

「愛」に満ちた名文だ。

生鼻崎の自転車道 後編

カーブを曲がった時点で見えていた、道を半分だけ埋める土砂崩れはブラフで、本体はその向こう側にひそんでいた。

こっち側も完全に塞がっていたのである。

それを知った時点で、いまこの足元で先細りゆく、僅か150mほど取り残された路面が、一層愛おしく思えた。

 崩落と崩落に挟まれた、そこだけを見れば現役さながらの顔をした路面が大好きだ。

14:35 【現在地】

蛇篭(じゃかご)という、河川などで良く見られる土留めが、道に覆い被さるように崩れていた。

 彼らは道を守る最前線で戦い、そして援軍無く破れた死兵である。

 憐れにも死骸は葬られることもなく、そのまま荒ぶる山に飲み込まれようとしている。

そしてその悲運の定めは、道と一蓮托生のものである。

これで私は再び、防波堤の上に進路を求めざるを得なかった。

http://yamaiga.com/road/oibanasaki/main2.html

 

 

廃道探索の姿勢

主要地方道31号 浪江国見線 霊山不通区 最終回

私は、カーブを曲がる度に新しい顔を見せるその道の挙動に、不安や期待といった気持をめまぐるしく抱いた。

 舞台である道自体が私に対し、何らかの演出をしているわけでは、当然ない。

 道には意識などというものはないのであって、ただただ、自然の摂理に任せているだけだ。

 人の手を離れた道、廃道とは、そう言うものなのである。

 崩れやすい場所は崩れ、日当たりの良い場所は笹藪となる。

そこに気が付くと、ますます廃道歩きは、「怖く」なる。

 

 こっちが幾らピンチになっても、また、幾ら懇願しても、幾ら努力をしても、望む結果が付いてくる保証はない。

テレビアニメのような感動のドラマは、予め用意などされてはいない。

 廃道を歩く者は、困難な局面になるほどに冷静で無ければならぬ。

それは、廃道あるきの、掟ともいえる。

http://yamaiga.com/road/ryozen/main7.html

 ヨッキれんさんのレポートが更新されるのがいつも楽しみでなりません。今後も事故、怪我などなさらず、「現代に道をつなぐ」仕事を続けてほしいと願います。

ヨッキれんさんの文章は、岩波文庫にあってもおかしくないものだと思います。出版社の方々、ぜひ、全集として出版していただきたいと思います。『日本の百名山』に匹敵する「廃」道文学が、ここにあるのですから。