望月の蠱惑

enchantMOONに魅了されたので、先人の功績を辿って、自分も月へ到達したい。

私の「松尾芭蕉」 ――『芭蕉全句集』拾遺

はじめに

 「平和俳句」提唱者の私ですが、つまりは「写生俳句」ということです。

 俳句の抜書きをしてきた結果、作るほうはさっぱりですが、「好み」は固まってきたと思うので、ここいらでずっと避けていた松尾芭蕉さんを読んでみようかと思いました。

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芭蕉全句集 角川ソフィア文庫

 全980句を収めているとのこと。さて、このなかで「平和俳句」的なものはいくつ拾えるか。また、何が「平和俳句」的なのかを固めていきたいという思いもあります。

凡例

 句は、製作年とともに記載する。これは、「古池~」の句の貞享三年、が何かの目安になるかと思ったから。

 前書き、初出本タイトルなどは省略した。

 それぞれの句の、どこに「平和」味を感じたのかを、覚書として書き記しておく。

 まだ、概念が固まっていないので、さまざまな検討課題が現れると思うけれど、今は捨てるよりも拾う方向で進めていこうと思う。ではスタート。

拾遺句 春

春立てまだ九日の野山哉 貞享五
まだ九日って何よ。九日だからなんだっていうのよ。

大津絵の筆のはじめは何仏 元禄四
気になるよね。どの仏のどの部分から書き始めたのか。そのとき、絵はまだ白紙。

梅白し昨日ふや鶴を盗まれし 貞享二
「やーし」で疑問を表す係り結び「昨日にでも盗まれたか」勉強のために拾った。

梅若菜まりこの宿のとろゝ汁 元禄四
食べにいったことがある。丁子屋。それだけ。

かぞへ来ぬ屋敷/ \の梅やなぎ 元禄五
似たような通りに似たような梅やなぎが次々とあってラビリンス的な。

むめがゝにのつと日の出る山路かな 元禄七
梅の香りに太陽が現れる山道。なぜか木々の印象がなく道だけが見える。

鶯や柳のうしろ藪のまへ 元禄七
こう言われると、なにもかもが朦朧としてくる。背中のかゆいところみたい。

春雨や蜂の巣つたふ屋根の漏 元禄七
春雨が蜂の巣で消え、蜂の巣は屋根の漏れで消え、漏るのは春雨。

春雨や蓬をのばす草の道 元禄七
やがてみな消えて春雨だけが残りそう。

蝶飛ばかり野中の日かげ哉 貞享二
日かげは、日の影で、つまり日向のこと。だそうだ。

てふの羽幾度越る塀のやね 元禄四
塀の不動。蝶がくりかえし飛ぶ時間のループによる停止感。

 古池や蛙飛びこむ水のおと 貞享三
音の余韻に全て消えていく。

よくみれば薺花さく垣根かな 貞享四
よくみなければ気づかなかった薺花の存在に気づく。

雪間より薄紫の芽独活哉 元禄年間
自然への眼差しと、薄紫。素十みたい。

両の手に桃とさくらや草の餅 元禄五
結局は餅。

の巣もみらるゝ花の葉越哉 貞享四
空も見えている。位置関係の説明といえばそれまでだけど。は「こう」

何の木の花とはしらず匂哉 貞享四
名がなくばただ匂いのみ。

草臥て宿かる比や藤の花 貞享四
下がっている藤の花の存在感。

つつじいけて其の陰に干鱈さく女 貞享二
覗き見。

入逢の鐘もきこえず春の暮 元禄二
ただ音もなく暮れるのみ。

行春を近江の人とおしみける 元禄三
ただそれだけなのに俳句だと思う。

拾遺句 夏

一つぬひで後に負ぬ衣がへ 貞享五
ひとつぬいでうしろにおちぬころもがえ。ただそれだけなのに――

ほとゝぎす消行く方や島一つ 貞享五
鳥から島へのあざやかな転換。

京にても京なつかしやほとゝぎす 元禄三
そんなことってある? 京のイデア論

柚の花や昔しのばん料理の間 元禄四
料理の間、で俳句が成立する感じ。

田一枚植えて立ち去る柳かな 元禄二
そこに変化はあったのか?

五月雨にかくれぬものや瀬田の橋 貞享五
橋の付近に何かがアル。

五月雨をあつめて早し最上川 元禄二
行過ぎる速度のみの世界。

草の葉を落るより飛蛍哉 貞享五
ハリウッド映画定番脱出シーンを十七文字に。

夏来てもたゞひとつ葉の一葉哉 貞享五
自然の摂理。「も」で、自身の境遇に重ねているが、それだと写生が薄まる。

山も庭にうごきいるゝや夏ざしき 元禄二
禅の世界。

清滝や波に散込青松葉 元禄七
異物としてありつづけ、翻弄され続ける青松葉。

拾遺句 秋

はつ秋や海も青田の一みどり 貞享五
水田と海のスケール感。

秋風や藪も畠も不破の関 貞享元
なにか、荒涼とした何もない感じ。

荒海や佐渡によこたふ天河 元禄二
宇宙。

いなづまを手にとる闇の紙燭哉 貞享四
単なる比喩にとどまらない凄み。

蕣や昼は錠おろす門の垣 元禄六
門の内と外。門の中の隠された何か。

道のべの木槿は馬にくはれけり 貞享元
破壊の後。営みの結末。

一家に遊女もねたり萩と月 元禄二
シャーマン的交歓。

此寺は庭一盃のばせを哉 不明
芭蕉の葉に埋め尽くされた敷地というイリュージョン。

道ほそし相撲とり草の花の露 元禄七
小さくて広大。片隅で中央。宇宙。

蜻蛉やとりつきかねし草の上 元禄三
蜻蛉にはその草の上しかない、という感じ。ノアの箱舟

月はやし梢は雨を持ながら 貞享四
動くもの、とどまる物。

月のみか雨に相撲もなかりけり 元禄二
ただ雨だけの夜。

わが宿は四角な影を窓の月 不明
幾何学の非現実性、形而上性。

何ごともまねき果てたるすゝき哉 貞享四前
ただ風が吹く芒原。

起きあがる菊ほのか也水のあと 貞享四
生命。水滴。ナショナルジオグラフィック

朝茶のむ僧静也菊の花 元禄四前
菊の花のプレステージ

琴箱や古物棚の背戸の菊 元禄六前
オブジェが多いわりにシンプルで奥行きがある。

菊の花咲や石屋の石の間 元禄六前
素十さんといわれても違和感がない。

枯枝に烏とまりたるや秋の暮 延宝八前
徹底的なタダゴトだが、中七の字余りに何かありそう。

むさし野やさはるものなき君が笠 元禄六前
荒涼とした林をうつむいていくイメージ。

拾遺句 冬

しぐるゝや田の新株の黒むほど 元禄三
観察がすごい。

塩鯛の歯ぐきも寒し魚の店 元禄五
目の付け所がすごい。

袖の色よごれて寒しこいねづみ 元禄六前
下五のチョイスがお洒落。

木枯に岩吹とがる杉間かな 元禄四
比喩が的確すぎる。

菊の香や庭に切たる履の底 元禄六
思いがけない発見。

寒菊や粉糠のかゝる臼の端 元禄六
俳句になっているのが不思議。

寒菊や醴造る窓の前 元禄六
寒菊をおけばなんでも俳句にできるわけじゃないだろうに。醴(あまざけ)

冬籠りまたよりそはん此のはしら 元禄元
象徴する物。

埋火や壁には客の影ぼうし 元禄五
埋火の状態で影ができるほど炎があがるのか。

いきながら一つに氷る海鼠哉 元禄六
一つに、がさまざまなことを思わせる。

水仙やしろき障子のとも移り 元禄四
水仙の花の白。障子の白。呼応する光と影。

瓶破るゝ夜の氷の寝覚哉 貞享四
自然に驚かされる。ワンダー。

拾遺句 新春

明ぼのやしら魚しろきこと一寸 貞享元
どこまでも繊細でありながら全天空に響く魂。

補足

 松尾芭蕉 寛永21年(1644)-元禄7年(1694)

天和ー貞享(1684-1688)-元禄(1688-1704) 徳川綱吉

野ざらし紀行』貞享元年8月ー貞享2年4月まで

『おくのほそ道』元禄2年

『猿蓑』元禄3年ー元禄4年

おわりに

拾ったのは67句となりました。

これぞ「平和俳句」というのは「古池や―」ですが、あとは書かれている情景以外の何かが大きく感じられたり、情景内の一つの物に、すさまじい重力、存在感があるものだったり、普段は感じられない連関、因果が顕れているなと感じたりするものを拾っていたような気がします。それと、あまりにもタダゴトである句。

今後は他の句集からも拾っていって、自分が俳句で感じたいことを明確にしていけたらと思います。それでは。