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望月の蠱惑

enchantMOONに魅了されたので、先人の功績を辿って、自分も月へ到達したい。

外なる国際化、内なる同化 そして自壊へ

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国会中継

団地自治会の憂鬱

3月24日14時40分ごろ職場の休憩室のテレビが国会中継を映していて、公明党の議員が県営団地の自治会長から聞いた話を伝えていた。

愛知県にはブラジル人が20万人いて、人口の3%になる。団地居住者の高齢化と外国人の増加によって、自治会活動がままならず、コミュニティーが崩壊している。

国際化?

上記をふまえ、「国際化の必要性」を訴えた内容の答弁は、質問も回答もともに、「外国人への日本語教育職業訓練の強化」だった。違和感……

定住外国人

さらに、頻発する「定住外国人」という用語にも違和感を覚えた。(最近繰り返される「忖度」くらいにね!)定住する外国人って、つまり「移民」じゃ?

移民 - Wikipedia

そもそも、日本で働くためにそれだけ大勢のブラジルの方が定住しているのだけど、問題にされていたのは「地域コミュニティー」問題で、解決が、学校教育と職業訓練ということは、妻や子供についての施策のことばかり。外国人労働者の件には何も触れない理由は…

外国人労働者【がいこくじんろうどうしゃ】

国境を越えて就労する労働者。出稼ぎ労働者や季節移民労働者も含むが,移住先に定住して定住外国人(英語でデニズンdenizen)となる場合も多く,これは移民労働者と同義である。
→関連項目移民日本

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
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やはり、「移民」問題だということを隠すためなのでしょうね。

 多文化共生と同化施策

国際化って人の問題では?

日本語が通じない外国人が増えたから、日本語を話せるようにしてもらおう。そのほうが、外国人にとっても住みやすくなるのだから。という方向の話を、「国際化」の元に話して何の疑念も持ち上がらないことに対する違和感。

定住外国人施策ポータルサイト - 内閣府

それでいて、「外国人労働者の受入」にかんしては、わざと大きな声で議論を行っているようにみせていて、滑稽だ。すでに、移民の受入は同化施策を伴いながら進行しているのに。

移民 - Wikipedia

双方とも英語を学ぼう

国際化は「多文化共生」を是とする。この方法は受け入れる側も受け入れられる側も等しく負担を負う。

件の団地自治会においては、まず双方が英語を学びつつ、互いの文化を理解しあうというプロセスを通じて、居住地における倫理道徳を学ぶという、ひじょうに手間隙金がかかる方法を実施していくしかない。

国際化されるのは人

国際化とは人の国際化でなければならないと思う。看板、標識を多言語表記することが国際化の肝ではない。CNNとかBBCとかのインタビューがきたら、まずは英語で受け答えできるというのが大前提なのではないだろうか。識字率100%近いといわれる日本人の、英語力の低さはひじょうに滑稽ではないか。

もちろん言葉のみならず

グーグルなどのリアルタイム翻訳サービスの進展が著しくありがたいけれど、星新一さんの作品にあったように、肩にのったオウムだかインコだかに、ぼそぼそとつぶやけば、状況に応じた豊かな文章に翻訳してくれる装置の普及によるコミュニケーションとは、一体どことどこが通じ合っているのかなという気にもなる。(これもまた別のお話で)※『肩の上の秘書』(『ボッコちゃん』収蔵)

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さらに内なる同化

言葉が通じない、何を考えているか分らない。わけの分らないことをする。得体の知れないものを食っている。意志の疎通ができない。恐い。獣。化け物。敵。害虫。

という態度は、排他的な、いわゆる「村」の思考だといえる。

日本はそうやって「安全」を維持してきた。教育水準と識字率の高さ。低い犯罪率などは、日本人を日本人に同化することによって達成されてきたといえる。それを「日本という国のシステムの安全性」と思いあがっているから、「国際化」という世界の波しぶきを受けるだけで動揺することになる。

憲法9条問題も同じだとおもう。アメリカがかわりに戦争してくれるから日本は戦争しないというのは、詭弁だ。がこれは目新しい議論でもないのでここまで。

日本人は同化施策によって「移民問題」をうやむやに済まそうとしている。だが現実の進行ははるかに早い。

次は隔離施策か

中国人街、韓国人街、ブラジル人街、フィリピン人街。さまざまな街区が自然派生的に広がっていく。これは多文化共生の成果ではなく、生ぬるい同化政策の反動であり、それを追認するある種の隔離施策の結果にほかならない。

異国の地では、同じ出身のもののコミュニティーに属するのが心強い。必要なのは、そこをホームタウンとしながら異国を満喫するということであって、虐げられたものが反撃の機会をうかがう根城にさせてはならない。

同化 or 隔離

彼らにも国際化意識が必要であり、周辺地域住民にも国際化意識が必要だ。衝突は起こりうる。同化できねば隔離。そういう現実は「多文化共生」のしたに隠しおおせるものではない。

 

 

国際化という国家主義

国あっての国際交流

国際化とは、並存する国家の存在を前提した関係性だ。前にもかいたけれども、国家を保全する思想について、私はそれほど魅力を感じないのではあるけれども、移民の問題というのは、だからこそ一大潮流となっているのだと思う。

国家の成立要件と個人のアイデンティティ

国家は国民によって成立する。たとえ土地をもたなくともホームタウンとしての国家は民族という連帯へ変化して存続できる。(その場合「母国語」の存続も重要となるだろうがそれは別の話で)

国家とは、風土であり歴史であり文化である。それは他者と交わることで浮かび上がるものであり、離れたところにおいて寄る辺となるものであるが、生まれて生きる以上、けっして失われるものではない。それを「国土」として認識するときに、イデオロギー化するのであるといってみる。

アイデンティティーを「生国」としてとらえる必要はそもそも無いと思う。

統制的理念への破壊

国際化から多文化共生による国家解体へのロードマップは、世界の右傾化を促進し、過渡的な戦争を招くことになる。

そして、世界帝国へ、

といった理念は資源の枯渇と第三世界の勃興(大国間の代理戦争)と格差社会の加速と社会福祉主義の崩壊の後、はるか彼方なのだろう。国家ー資本ー民族というゆるぎない三角形は、理念のもとに打ち倒されるのではなく、民族主義を残して、なすすべなく自壊するのだろうか。

これも、身体をもつ存在の宿命である。