望月の蠱惑

enchantMOONに魅了されたので、先人の功績を辿って、自分も月へ到達したい。

戦前の思考 -国家と国家間のこと(+銃のこと)

はじめに

bookclub.kodansha.co.jp

いま再び、資本主義経済 VS 社会主義経済 そこに歪められた イスラム社会が絡む三つ巴の構図があからさまになり、むしろ、朝鮮・朝鮮民主主義人民共和国がその緩衝点として浮上しています。

 

mochizuki.hatenablog.jp

ザ・ステロイド ステート オブ アメリカ

  以前は、中東アラブ方面(アメリカのガス抜きとしての内乱助長的な印象)で、テロ国家と断定されたイスラム社会の撲滅と、民主化支援という名の「資源国新政府にイッチョ噛み+資本主義国家にすれば貿易で搾取し放題的)投資が主体だったようにかんじますが、このほどの北朝鮮に関しては少々赴きがことなりますね。資源は無いし。太平洋の東端の辺境にすぎません。テロとの泥沼の闘いに疲れたところには、丁度いい距離感、サイズ感だとでもいうのでしょうか……

oshiete.goo.ne.jp

武力による内政干渉も資本主義のためなら許される

世界の警察としての、強いアメリカを誇示するための、国内政治の不満を戦争で払拭しようという例の悪い癖、ジャイアニズム、銃には大砲で立ち向かえ主義を、ハリウッド的に打ち出した感じでしょうか。

そしてその手綱をにぎるでもなく紛糾し、追認し、振り回されるばかりの国連……

脱線 銃の自由(日本なら ダジャレにできる じゅうとじゆう)

パワーオブラブ

 アメリカ合衆国では銃をもつ権利が保証され、それは自衛のために必要なものだと主張される。この本末転倒ともいえる理論を、アメリカは棄てることができない。全てはパワーバランスの下に決する。それがアメリカである。

 手に入れた自分の権利を守るためには武器が必要。つまり、自由とは命であり、命とは自衛すべきものだというマッチョ理論を建国以来、払拭できずにいる。

徹底抗戦

 銃乱射による悲惨な事件がおこると、必ず蒸し返される論争だが、乱射の現場で、市民が犯人に銃で立ち向かって自らの命を守りぬいた事例が報道されることも、またそういう統計結果も見たことが無いので、銃による自衛の実効性については不明だ。

挙げるのも恥ずかしいほど陳腐な例

 また、乱射事件⇒銃を撤廃できないアメリカ。という論法も、交通事故死増加⇒自動車撤廃できない日本。というのと同じくらい、陳腐で、乱暴なものだと思う。

つかわないもたないもちこませない

 銃規制については、各州法でいいのではないかと思う。オバマさんでもできなかったものを、トランプさんがやるとも思わないし。

エデンからの追放

 また、「こういう事件にたいしては、愛と団結をもって立ち向かう」というコメントが誇らしげに取り上げられるのだが、この「愛と団結」には「敵対する側」は含まれない。キリスト教なら「汝の敵を愛せよ」ではないのか?

 別グループの者を団結して排除せよ、というのでは、平和も、多様性の世界も、とうていおとずれないだろう。

脱線2 多様性と公共の福祉

 ついでにメモしておくと、日本では、財産権、所有権は、それぞれ憲法民法で保障されている。ただし、「公共の福祉」に反しない限りにおいて。である。そしてこの「公共の福祉」とは何かについての規定はなく、その都度、裁判で決めるしかない。

 戦前における「公共の福祉」は、どこまで認められてしまうのか?

 憲法改正論議以前に、そこのところを明確にしてもらいたいと思う。

イジョウダッセンオワリ

国について学ぶ

世界連邦から世界協同組合の設立

 ところで、国連って本当に、立場弱いですね。参加各国それぞれがそれぞれの利益を守るために集まってるような組織だからな。

各国の集合体が地球、なのではなくて、地球を勝手に分割して我が国だって言ってるだけだという意識をもたないと。

 国連の権限を強化すれば、世界連邦の樹立に繋がるとも思いますが、現体制では、拒否権を持つ国家間の思惑に振り回されるだけなので、無意味ですね。

世界協同組合にすればいいんだな。

一国一票の公平な世界。というのはまた別のお話で……

支配からの卒業(でも先輩の支配下

 国家の存立とは、他国からの独立にほかならず、従って、必ず排他的にのみ存続する。地球上あるコミュニティを「国家」と承認するのは、他国のそれぞれであり、それぞれの利害・政治判断によって、承認・非承認の態度を決する。

とうとうおめえも一人前だな

 国家の三要素は「主権・領域・国民」であるが、このうち国家承認の最大の項目は「主権」である。これだけは、他国に尊重されなければ、成立しないものだからである。

www.juku.st

事務所独立問題

 つまり、独立戦争とは、自国または他国に「主権」を認めさせるための闘争である。繰り返しになるが、いかに強固な軍隊によって「独立」を勝ち得たとしても、他国からの承認をえられなければ「国家」ではない。自国の一部を切り取って、多くの犠牲を払った上で独立してみても、国際的承認が得られないと困るでしょう。(通商条約とか?)

tabippo.net

クーデター(居抜き)

 自国政権をのっとろうとするクーデターの場合は、国家としては承認済みで、新政府を承認するか否かという扱いとなり、ハードルはいくらか低くなるもよう。(※印ただ、前政府が結んだ条約などを「ナシ!」にするとなると、もめたりすることもある) 

※チコノ政府崩壊(コスタリカ 1991.9)

国際法

国際法の限界】
 条約や協定などの国際法は、これに参加していない国に対しては拘束力を持たない。
 また、国際法を統一的に立法する機関が存在しない。
 さらに、国際法を強制し、違反した場合にその国に制裁を加える中央集権的な統治機構がないため、国内法
と比べ、国際法の実効性は一般に低いといわれている。

大学入試のための 政治・経済
国際社会と国際法 TERUO MATSUBARA

http://www.kyoritsu-wu.ac.jp/nichukou/sub/sub_gensya/International/international%20relations/international_law.htm

 

条約は原則として直接当事国のみを拘束するのに対し,慣習国際法は国際社会全体を拘束する。実際の国際法規の形成は,規律内容および拘束力の有無を明確にできることから条約の形式によることが多い。国際法においては,紛争の司法的解決が義務づけられていないため,紛争の処理が政治的になされることが多く,国内法と比べ法システムとしての一体性が欠けている。にもかかわらず国際法規が行為基準として機能していることは否定できない。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

機先を制す

 国際法では、自衛のための戦争は認められているので、「後の先」をとるために日々鍛錬を重ねてきたわけです。その鍛錬の結果、相手の動きが詳細によめるようになると、「先の先」で動いたとしても、それは、専守防衛のためだったと主張できるわけですね。すでに「先々の先」は逃したようですから。

 

おわりに

 戦前の思考。文民はいかにして、開戦論に誘導されたか。

 今、その過程をつぶさに見せられているような気がしている。