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望月の蠱惑

enchantMOONに魅了されたので、先人の功績を辿って、自分も月へ到達したい。

右京さんの沈黙 ―相棒14 第12話「陣川という名の犬」;犬の倫理、毒虫の倫理

2016年1月20日(水)放送の 相棒14
第12話「陣川という名の犬」をブログに留めておきたい理由

 

うろ覚えエピソードですが、ネタバレ記述です。閲覧ご注意ください。

陣川クン回パターンの破壊

私は彼が嫌いだった

 毎回、被疑者に惚れ、やみくもに彼女の無実を主張し、彼女を容疑者と考える捜査陣に対して幼児のように駄々をこね、スタンドプレーで捜査を妨害し、無能なくせにプライドだけは高く、人の意見を受け入れられず、移り気で自分本位。過去から学ばず、刑事になれない鬱屈にまみれ、努力不足を自己憐憫する男。結果、女性が犯人であったと知るや、悲劇の主人公を気取り、花の里で悪酔いしてつぶれる。それらを、ほんわかとまとめて終わる。単に、図々しいだけの男を、純粋な熱血漢いわゆる「愛すべきキャラクター」と位置付ける意味が分からなかった。「相棒」というドラマに、陣川という役どころが必要なのか、なぜ、毎シリーズ彼の回があるのか?

愛玩動物から猟犬へ -野犬になりきれなかった男

 従来の陣川クンは、惚れた被疑者に愛情を注いでもらえない小型犬であり、飼い主候補に認めてもらいたい一心で、ちぎれんばかりに尻尾を振って、うるさく鳴いてばかりいた。右京さんにリードを持たれていることに安堵はあっても、ご主人に対するそれではなく、むしろ、「そのリードを握ってもらいたいのは彼女なのに」と苛立っていたようにも見える。
 今回、陣川クンが惚れたのは、カフェ店長の女性だ。そして、彼女は、被疑者ではなく、被害者だった。
 飼い主になってもらいたいと望んだ女性が、顔を切り裂かれて殺され、陣川クンはその第一発見者となった。彼はその夜、プロポーズの返事をもらう約束をしていた。彼女を守れなかったという口惜しさは、彼を復讐に駆り立てる。一途な彼には、殺された彼女の無念をはらす、などという誤魔化しの大義は不要だった。彼はただ、「彼女を殺した奴を殺す」という純粋な憎しみの権化として、周囲を一切かえりみず、犯人に肉薄する。(そのため、今回、陣川クンにはチート設定がほどこされている)

 殺した者と殺したい者とが重油まみれの黒い一塊になったとき、庇護者右京さんが登場する。再び右京さんにリードをつけられた彼は、

「彼女を殺した奴を、なんで殺しちゃいけないんですか」

 と吠えかかるのが精いっぱいだった。
 犯人の動機が語られた時、陣川クンは

「そんなことのために、彼女を殺したのか」

 と吠える。どんな理由が語れらたところで、彼はそう吠えるよりほか無い。
 彼の一途さをもってしても、右京さんを殺すまでにはいたらなかった。それが残念だ。

振り切れた犯人 迷いの無い者の倫理

今回の事件には犯人が二人いる

 一人は、若い女を気絶させてから、顔をナイフで切り裂いて殺すという手口の連続殺人犯だ。彼は5年前までに売春婦を5人(?)同じ手口で殺しており、今回、5年ぶりに犯行を開始した。その3人目(?)が陣川の飼い主候補の女性だった。

 一人は、スーパーで働いている女性のストーカーだ。彼女がスーパーで自分に微笑みかけてくれたという理由で、彼はストーカーとなった。ある日その女性が恋人に殴られている場面に遭遇し、恋人殺した。その後、逃亡生活をしていた彼が、逮捕の危険を顧みず都内に戻ってきていたのである。

ストーカーの倫理

 ストーカーが、都内に戻った理由は、ストーキング対象への一途な愛である。逃亡中も、彼は彼女のことが気にかかり、SNSをチェックし続けていた。そしてシングルマザーとなっていた彼女の生活苦を知り、彼女へ仕送りをするため、職を求めて、都内に舞い戻ってきたのである。身元を偽って働ける場所は限られている。彼はある引っ越し業者にようやく職を得て、少しずつではあるが、彼女の郵便受けに現金入りの封筒をそっと置いてくることができるようになっていた。(彼女はその仕送りを、あのストーカーからだということに目をつぶって、生活費として使っていた)

 その職を奪ったのが、陣川の飼い主候補だった。原因は、引っ越しの際、その男の足が臭かったことを、彼女が会社にクレームを入れたためだ。そのことで、彼は周囲から馬鹿にされるようになり、退職した。(右京さん達は、連続殺人犯の捜査情報が得られなかったため、陣川クンの飼い主候補の殺害に絞って捜査をしていた。彼女に恨みを持つ人間を探していて、彼に行き当たった)
「足の臭いくらいで、俺は彼女への仕送りができなくなった」
 という恨みをかかえて歩く彼は、偶然彼女のカフェの前を通り、店内に彼女の姿を見て、思わず店の扉を開く。そのとき彼にどのような意図があったかは知れない。吸い寄せらるように彼は店内に入る。その女性とぶつかり、小銭を落とす。彼女が目の前にきて、お金を拾ってくれる。オーダー。今日のドリップ。

「今日のドリップはとても深い香りが自慢なんですよ」

 とほほ笑む彼女。彼女は、男のことをまるで覚えていなかった。(彼がそのコーヒーを買っていったかは、覚えていない)(注意:このエピソード時、陣川クンと鏑木クンが喫茶店に来ていて、陣川クンは後日、彼が指名手配犯と気付き追い込みをかけることになる)
「何が、コーヒーの香りだ。足に臭いであんなことをいう女が」
彼女はものすごく鼻が利き、臭いに敏感という設定)
 そして、ある夜、彼は彼女にカフェに裏口から侵入し、彼女を殴りつけ殺害する。

 快楽殺人犯の倫理

 5年前までは、足がつかない女を選ばなければならなかったので、売春婦をターゲットにしていた。という連続殺人犯。(5年ぶりの復活に、1課は色めき立っていた。警察のメンツにかけて、犯人逮捕をと意気込む今回、特命課との消極的協調は皆無だ)

 復活後の犯行、陣川クンの飼い主候補女性を最後とする3人に、初めて共通点が浮かび上がる。三人は同じカフェの常連であった。そして同時期にそこによく表れていた一人の男が浮かび上がる。警察が彼の事務所に踏み込むと、彼はわるびれもせず、「遅かったですね」と凶器とともに出頭し、すんなりと自供をする。

 5年間の空白は、病気のためだった。そして彼の余命はあと2か月。彼は言う。

「残り僅かな命だから、本当にやりたいことをやろうと思った」

「かつては、足がつかないようにするため、本当に切り裂きたい顔の女を切り裂くことができなかった。しかし、今はそれができる」

 彼は、ほほ笑む。手口も、凶器も、犯人しか知りえない事実も、すべてそろっている。犯人はこの男だ。警察は大々的に犯人逮捕を記者発表しようと準備する。一方、伊丹刑事は、彼の自供に不審を感じていた。
「あっさりと認めすぎる」と。しかし、上層部は公表を中止しようとしなかった。

 

毒虫の倫理

 実行犯は、ストーカー男だ。ではなぜ、連続殺人犯は彼を庇ったのか。ストーカー男逮捕の報をきいて、連続殺人犯は残念そうな笑みを浮かべる。

「そうか。彼、つかまっちゃったか」と。

二人に事前の接点はなかった。彼らが出会ったのは、ただ一度、陣川の飼い主候補殺害現場であった。足の臭いごときのことで、愛する人へを助けることができなくなった男が、女を殴り倒したところに、本当に切り裂きたい顔を切り裂きにやってきた男が、かちあった。連続殺人犯の男は、女を殴り殺した男を見て、「生きているだけで毛嫌いされる男だと判った。私もそうだから」と思い、「君は生き延びろ」と告げる。殴った男は「どうせ自分は害虫のように扱われるだけだ。だったら、今回だって、害虫のように生き延びてやる」と思い、「ありがとう」といって現場を立ち去る。

 現場に残った連続殺人犯は、現場に指紋を残し、切り裂きたい顔を、思い残すことなく切り裂く。

「いままでは、自分のためだけに顔を切り裂いていた。でも、今回は、違う。人のために、女の顔を切り裂くことができた。本当に、人のためになることができた」

 と彼はすがすがしく天井を仰いだ。

 右京さんの沈黙

 正義=遵法(ただし、正義のための脱法は自分だけは可。だって自分は正義を踏み外さないから)という立ち位置にいる右京さんは、通常、身勝手な主張をする犯人を一喝し、正論で説教をする。しかし、今回の三人に対して、右京さんは何一つ自らの倫理を主張できずに終わる。唯一、言い放ったのは、復讐しようとする陣川クンを止めに入った直後の「昔の自分にもどりなさい」だ。これほど空疎な、単なる祈り以下の言葉があるだろうか。(今回の話の後、再びこれまで通りの陣川クン回を反復することは不可能である)そして、犯人の二人に対しては、何一つ語ることはなかった。

 犯人達は、右京さんが住むのとは全く別の公理系に存在している。だから、右京さんの倫理=この世の法律も、人としての道徳=共同体の制約 も届かない。届かないからこそ、右京さんは、何を言うのかが気になったのだったが、残念である。その逡巡には前シリーズの甲斐クンの件があったせいかなのかもしれない。

エピローグ

 警察は、3件全てを「連続殺人犯」の犯行として、大々的に記者発表しており、3件目については間違いであったことを謝罪しなければならなかった。そこで、その失態を取り繕うため、「単独で、未解決事件の指名手配犯を逮捕した優れた警察官」として陣川クンに警視総監賞を授与すると発表した。

「そんなもの、彼が喜びますか」と鏑木クンがいう。

 そして、聞けずに終わったプロポーズについて、「どうせ断られるにきまってましたけど」という陣川クンに、右京さんは、承諾の意思をもっていたという物証を上げ、三人でコーヒーを飲むというシーンで終わる。

さゆみん

 陣川くんの飼い主候補の女性を、陣川クンが一度だけ愛称で呼ぶ。それが「さゆみん」であった。脚本 真野勝成氏。さすがである。

                                      以上