はじめに
『NHK短歌 新版 作歌のヒント』永田和宏 NHK出版 の中の、「ヒント27」に、「エイッと、オノマトペ」という項があり、そこに「オノマトペといえば北原白秋」というような記述があり、
君かへす朝の舗石のさくさくと雪よ林檎の香のごとくふれ ;の「さくさく」
きりはたりはたりちやうちやう血の色の棺衣織るとか悲しき機よ ;の「きりはたりはたりちやうちやう」
月夜よし二つ瓢の青瓢あらへうふらへと見つつおもしろ ;の「あらへうふらへ」
が引用されていた。
幸い、手元に『講談社 豪華版日本現代文学全集14 北原白秋 三木露風 日夏耿之介』があるので、ここから白秋さんのオノマトペを拾ってみた。
北原白秋さんのオノマトペ ―詩歌の部
小さいその兒があかあかと | あかあか | 思ひ出 | 骨牌の女王 | 秋の日 |
あかあかと野邊に風吹き、 | あかあか | 思ひ出 | 過ぎし日 | 今日よりは |
河むかひ、日はあかあかと、 | あかあか | 思ひ出 | 過ぎし日 | 夜學 |
あかあかと夕日てらしぬ。 | あかあか | 思ひ出 | 過ぎし日 | 乳母の墓 |
外の空氣にあかあかと、 | あかあか | 思ひ出 | 性の芽生 | 赤き椿 |
あかあかと阿波の鳴戸の巡體が | あかあか | 思ひ出 | 柳河風俗詩 | 韮の葉 |
あかあかと日暮の街に吐血して | あかあか | 邪宗門 | 古酒 | 解纜 |
あかあかと据ゑし蠟燭 | あかあか | 邪宗門 | 古酒 | 微笑 |
暮秋(ぼしう)の大日(おほひ)/あかあかと海に沈めば、 | あかあか | 邪宗門 | 古酒 | 凋落 |
あかあかと暮るるか、 | あかあか | 眞珠抄 短唱 | 卓上 | |
河岸なみの、白き壁あはあはと瓦斯も點れど。 | あはあは | 邪宗門 | 外光と印象 | 青き光 |
ありありと/現はるる風、 | ありあり | 水墨集抄 | 月光微韻 | 13 |
いそいそと、あはれ、女子(をみなご) | いそいそ | 邪宗門 | 古酒 | 玻璃罎 |
いらいらと眼に痛い。…… | いらいら | 思ひ出 | 性の芽生 | 夕日 |
いらいら沁みるものあり。 | いらいら | 思ひ出 | 柳河風俗詩 | 韮の葉 |
おお、ほろろん、ほろろん、ほろほろ、 | おお、ほろろん、ほろろん、ほろほろ、 | 水墨集抄 | 野茨に鳩 | |
かうかうと遊んださうな | かうかう | 水墨集抄 | 王摩詰 | |
かうかうと遊ぶこころを | かうかう | 水墨集抄 | あそび(その一) | |
赤い手をしたシグナルがカタリと上る。 | カタリ | 思ひ出 | 性の芽生 | 汽車のにほひ |
傀儡氏の手に踊る/花魁の首生じろく/かつくかつくと眼が動く…… | かつくかつく | 思ひ出 | 性の芽生 | たそがれどき |
『鵞鳥はガツグガツグ』 | ガツグガツグ | 思ひ出 | 性の芽生 | 午後 |
からりはたはた織る機(はた)は | からいはたはた | 思ひ出 | 柳河風俗詩 | 沈丁花 |
博多帯しめ、からころと。 | からころ | 思ひ出 | 柳河風俗詩 | 紺屋のおろく |
からころ、/かろき木履のすががき。 | からころ | 邪宗門 | 古酒 | 鋪石 |
もの甘き鈴の音、ああそを聴けよ/からら、からら、ら、ら、ら… | からら、からら、ら、ら、ら… | 邪宗門 | 魔睡 | 鈴の音 |
日はかんかんと照りつくる、 | かんかん | 眞珠抄 短唱 | 源吾兵衛 | |
みだらなる媚の色/きとばかり。 | き | 邪宗門 | 古酒 | 灰色の壁 |
ぎいこつとん、ぎいこつとん、/菜種油をしぼる音 | ぎいこつとん、ぎいこつとん | 思ひ出 | 性の芽生 | 手まり唄 |
ぎくと手は音刻み、 | ぎく | 邪宗門 | 古酒 | 灰色の壁 |
いつもきらきら光り來る | きらきら | 思ひ出 | 過ぎし日 | 柿の實 |
赤く逆上せて、きらきらと | きらきら | 思ひ出 | 性の芽生 | 接吻 |
紙きり蟲よ、きりきりと、/薄い薄葉(うすえふ)をひとすぢに、 | きりきり | 思ひ出 | 性の芽生 | 紙きり蟲 |
きりきりと繰り上ぐる氷水の硝子杯(コップ) | きりきり | 思ひ出 | 柳河風俗詩 | 立秋 |
百舌の頭が火になつた、思ひきられぬ、きりやきりきり | きりやきりきり | 眞珠抄 短唱 | 源吾兵衛 | |
鉛だつ體(たい)をとどめて /ぐどぐととかたみに語り、 | ぐどぐど | 邪宗門 | 古酒 | 日ざかり |
くらくらとかがやく眞晝 | くらくら | 邪宗門 | 古酒 | 日ざかり |
くわとばかり、くわとばかり/黄に光る向ひの煉瓦 | くわとばかり | 邪宗門 | 悪の窓 | 七 うめき |
くわとばかり火酒(ウオツカ)のごとき噎せ尾びして | くわとばかり | 邪宗門 | 外光と印象 | 鉛の室 |
ことことと、ひそかなる母のおとなひ、 | ことことと | 邪宗門 | 外光と印象 | 幽閉 |
白いお面gころころと、ころころと…… | ころころ | 思ひ出 | 骨牌の女王 | 人形つくり |
ふとしも歎く蝶のむれ/ころりんころと……頬(ほ)のほめき、 | ころりんころ | 邪宗門 | 古酒 | 軟風 |
雪はこんこん山みちを。 | こんこん | 眞珠抄 短唱 | 雪の山路 | |
さと燃え上がる | さと | 邪宗門 | 外光と印象 | 鉛の室 |
さびさびといそぐ道なり | さびさび | 水墨集抄 | 落葉松 | |
さんらんと飛び込めば、 | さんらn | 眞珠抄 短唱 | 泳ぎ | |
寂しければ、海中(わだなか)に、さんらんと入らうよ。 | さんらん | 眞珠抄 短唱 | 泳ぎ | |
さんらんと蹴つまづいたが、痛かつたか、木の根。 | さんらん | 眞珠抄 短唱 | つまづき | |
有難や柳がさんらんと光るわ、 | さんらん | 眞珠抄 短唱 | つまづき | |
しづしづと /見えがくれする棕櫚の葉に消ゆるまで | しづしづと | 邪宗門 | 天草雅歌 | 角を吹け |
しとしとと/色かへ花火に火をつけた。 | しとしと | 思ひ出 | 性の芽生 | 色かへ花火 |
しとしとと雨のふる夕かた | しとしと | 思ひ出 | TONKA JOHNの悲哀 | 雨のふる日 |
しとしとと夢はしたたる。 | しとしと | 邪宗門 | 外光と印象 | 噴水の印象 |
生血の滴り /しとしとと前を人かげ | しとしと | 邪宗門 | 古酒 | 驟雨前 |
しとしとと雨はふる。 | しとしと | 雪と花火(抄) | 庭園の雨 | |
じめじめと/陰湿の汗うるみ冷ゆる時、 | じめじめ | 邪宗門 | 古酒 | 灰色の壁 |
知らぬ顔してしやなしやなと。 | しやなしやな | 思ひ出 | 柳河風俗詩 | 紺屋のおろく |
しらしらとわれに寄り來つ。 | しらしら | 思ひ出 | 過ぎし日 | 鵞鳥と桃 |
また行く素足しらしら、―/あかりぬ、笛の音色も。 | しらしら | 邪宗門 | 古酒 | 戀慕ながし |
ちひさき齒/しらしらと薄玻璃の音を立つる | しらしら | 邪宗門 | 古酒 | 灰色の壁 |
しらしらと /帰るらし、夕づつの影を見よ。 | しらしらと | 邪宗門 | 天草雅歌 | 艣を拔けよ |
ガスの灯のシンと鳴る夜 | シン | 思ひ出 | 骨牌の女王 | 小兒と娘 |
しんしんと水の音(と)近し。 | しんしん | 思ひ出 | 性の芽生 | 幽霊 |
しんととろりと見とれる殿御 | しんととろり | 雪と花火(抄) | 槍持 | |
(…)花あやめ/かゆるゆふべに、しんなりと | しんなり | 思ひ出 | 柳河風俗詩 | NOSKAI |
信天翁もそろもそろの吐息して | そろもそろ | 邪宗門 | 古酒 | 懶き鳥 |
水落つ、たたと…… | たたと | 邪宗門 | 外光と印象 | 浴室 |
だぶだぶの赤足袋 | だぶだぶ | 思ひ出 | 過ぎし日 | 赤足袋 |
たらたら坂 | たらたら | 思ひ出 | 性の芽生 | 道ぐさ |
だらだら坂の柿の木に | だらだら | 思ひ出 | 過ぎし日 | 柿の實 |
だらだらの坂、 | だらだら | 邪宗門 | 古酒 | 驟雨前 |
たらたらたらと滴らす。 | たらたらたら | 思ひ出 | 性の芽生 | 日桂紙 |
だらりの姿おぼろかになまめき薫ゆる舞姫 | だらり | 邪宗門 | 古酒 | 内陣 |
蝉は寝おびれ、/ぢと嘆き、 | ぢ | 邪宗門 | 古酒 | 驟雨前 |
ちかちかと光つたり、消えたりして。 | ちかちか | 海豹と雲抄 | 雪と狩猟者 | |
チクタクと薄き時計もふところに | チクタク | 思ひ出 | TONKA JOHNの悲哀 | 幻燈のにほひ |
(…)雀らも(…)ちちとまたひるがへるなる | ちち | 水墨集抄 | あそび(その二) | |
ちちら、ちち/空のこゑ、 | ちちら | 海豹と雲抄 | 二月 | |
わたしが竹を愛するのは/陽のちらちらがうれしいのだ。 | ちらちら | 海豹と雲抄 | わたしが竹を | |
泣けばちらちら日が光る | ちらちら | 思ひ出 | 骨牌の女王 | 朝の水面 |
金の指輪もちらちらと | ちらちら | 思ひ出 | 柳河風俗詩 | 紺屋のおろく |
雪はちらちらふりしきる。 | ちらちら | 雪と花火(抄) | 忠彌 | |
(…)水銀の玉を載すれば/ちらちらとその玉のちろろめく、 | ちらちら・ちろろめく | 思ひ出 | TONKA JOHNの悲哀 | 水銀の玉 |
おたまじやくしがちろちろと、 | ちろちろ | 思ひ出 | 性の芽生 | おたまじやくし |
何かの蟲がちろりんと | ちろりん | 思ひ出 | 性の芽生 | 夕日 |
店の時計がチンと鳴る。 | チン | 思ひ出 | 性の芽生 | たそがれどき |
鉦や太鼓でちんからと | ちんから | 思ひ出 | 骨牌の女王 | 秋の日 |
傍じゃちんから目ざまし時計、 | ちんから | 思ひ出 | 骨牌の女王 | 人形つくり |
卓子(テーブル)の上、椅子の上、ちからころりと騒げども、 | ちんからころり | 思ひ出 | 骨牌の女王 | 小兒と娘 |
巡體のふる鈴は、ちんからころりと鳴りわたる、 | ちんからころり | 眞珠抄 短唱 | 巡體 | |
ついついと鳴いてゐた紺と赤との燕(つばくらめ)を。 | ついつい | 思ひ出 | TONKA JOHNの悲哀 | 雨のふる日 |
みるがまに罅はみなつやつやと | つやつや | 邪宗門 | 古酒 | 灰色の壁 |
夏はいま、(…)つやつやし潤みや。 | つやつやし | 海豹と雲抄 | 池畔の撮影 | |
ひとりとくとく乳ねぶる | とくとく | 思ひ出 | 性の芽生 | ロンドン |
とくとくと、/赤き硝子のいんき壜傾けそそぐ | とくとくと | 邪宗門 | 外光と印象 | 鉛の室 |
水門の水は/兒をとろとろと渦をまく。 | とろとろ | 思ひ出 | 柳河風俗詩 | 水門の水は |
とろんだ瞳に | とろんだ | 雪と花火(抄) | 葱の畑 | |
玻璃器(ぎやまん)に古酒の薰香(かをりが)/なみなみと | なみなみ | 邪宗門 | 古酒 | 微笑 |
夜は黑……ぬるぬると蛇(くちはな)の目が光り、 | ぬるぬる | 思ひ出 | TONKA JOHNの悲哀 | 夜 |
あかがねの淫(たはれ)の夢ゆのろのろと | のろのろ | 邪宗門 | 古酒 | 懶き鳥 |
はたはたとゆくりなき音(ね)に。 | はたはた | 邪宗門 | 古酒 | 内陣 |
(…)時雨か/はらはらと音立てて、 | はらはら | 水墨集抄 | 弦月三章 | 初夜過ぎて |
生きながら苦しむか、ひくひくと/うち皺む壁の罅、 | ひくひく | 邪宗門 | 古酒 | 灰色の壁 |
額(ぬか)をまづひしひしと塗りつぶす | ひしひし | 邪宗門 | 古酒 | 灰色の壁 |
わが乳母と或る女子とのひそひそ話 | ひそひそ | 思ひ出 | 性の芽生 | 密偵 |
とある家のひたひたと光る汲水場(くみづ)に | ひたひた | 思ひ出 | 柳河風俗詩 | 水路 |
ひひら笑ひぬ | ひひら | 思ひ出 | 過ぎし日 | 青き甕 |
王冠にひよいと來てとまる蜻蛉 | ひよい | 眞珠抄 短唱 | 幼帝 | |
ぴよいと飛び出た宙がえり | ぴよい | 思ひ出 | 性の芽生 | たはむれ |
(…)雛(ひよこ)らは(…)ぴよぴよぴよとよく歌ふ。 | ぴよぴよぴよ | 思ひ出 | 性の芽生 | たはむれ |
ひりあ、ひすりあ。/しゅっ、しゅっ… | ひりあ、ひすりあ。/しゅっ、しゅっ… | 邪宗門 | 外光と印象 | 暮春 |
ふつふつと苦痛をかもす蜜の息 | ふつふつ | 邪宗門 | 外光と印象 | 蟻 |
ふはふはと飛ぶたんぽぽの | ふはふは | 思ひ出 | TONKA JOHNの悲哀 | たんぽぽ |
ふはふはと飛んでゆくたんぽぽの穂のやうに。 | ふはふは | 雪と花火(抄) | おかる勘平 | |
ほうつほうつと蛍が飛ぶ…… | ほうつほうつ | 思ひ出 | 柳河風俗詩 | 水路 |
ほうほう……と笛はうるみて | ほうほう | 邪宗門 | 古酒 | 旅情 |
ほつほつと點れゆく水の面のなやみの燈 | ほつほつ | 邪宗門 | 外光と印象 | 青き光 |
ほとほと遠く | ほとほと | 邪宗門 | 青き花 | 桑名 |
まどろめよ、ほろと、ただ、/ああ、とろみて。 | ほろ・とろみて | 海豹と雲抄 | 冬眠 | |
ほろほろとほろほろと、たよりない眼が泣かるる | ほろほろ | 思ひ出 | 骨牌の女王 | カステラ |
『彼』とわが憎惡心/むらむらとうちふるふ。 | むらむら | 邪宗門 | 古酒 | 灰色の壁 |
風がれうらんとながるる。 | れうらん | 眞珠抄 短唱 | 永日體讃 | |
烈烈と煉瓦の火氣に | 烈烈 | 邪宗門 | 古酒 | 砂道 |
れんほ、れれつれ、消えぬる/戀慕ながしの一曲(ひとふし)。 | れんほ、れれつれ | 邪宗門 | 古酒 | 戀慕ながし |
わなわなと壁熟視(みつ)め、 | わなわな | 邪宗門 | 古酒 | 灰色の壁 |
おわりに
本当は、短歌からだけ拾えればよかったのだが、語感の捉え方というか、聞きなしの癖を知るには、サンプルは多い方がよいだろうと考え、詩歌から拾い始めた。
オノマトペを短歌や俳句に用いるのは高等技術だ。ほとんど形容詞のようになっているオノマトペをあえて用いる理由、全く新しい聞きなしを問う意義、言語表現としてのオノマトペ、そしてそれは写生とどう絡んでくるのか。
次回は短歌から拾ったオノマトペをまとめ、白秋さんの聞きなしに迫ってみたいと考えている。