はじめに
可能な限り「唯物論」で推していきたい身としては「感情」のメカニズムを勉強することは不可欠だと思っている。
本書『感情とはそもそも何なのか ―現代科学で読み解く感情のしくみと障害』(乾敏郎 ミネルヴァ書房 2018.9.30)は、その意味でとても役にたつテキストだ。
本書は、ヘルムホルツ(が提唱するところ)の自由エネルギーを最小化するように各器官が連携して働くことで、知覚、認知、注意、運動などが適切に機能する。という論理を、
脳が身体の状態を理解するしくみ「ヘルムホルツの無意識的推論」
脳が身体をうまく調整するしくみ「フリストンの能動的推論」
の二つの側面から考えたものだ。
私は各器官の働きをアルゴリズム化して捉える部分の理解力が弱いため、本書の肝となる部分の理解は覚束ない。しかし、その理論化に至るまでの実証的な各器官の働きについては納得でき、「感情」とはどういうものであり、どういうタイミングで発生し、どういう効果をもたらすのか、はよくわかった。
また、「感情障害」については以前に取り上げた「心を操る寄生生物」とも関連があって興味深かった。
mochizuki.hatenablog.jp今回のブログは「そもそも感情とは何なのか」に関するメモである。
感情は色に似ている
感情とは主観的意識体験である。
感情は(色のように)明度や色相のような共通する属性によって表現され、そこに明確な境界はない。
その属性は「感情価(快ー不快)」と「覚醒度(活性ー不活性)」の二軸によって表現できる。
→赤がなぜ赤であり赤のように見えるのかが意味をなさない(私はクオリア問題に興味はないので)ように、怒りがなぜ怒りであるのかを問うことに意味はない。だが、色と異なる点は、ある感情は身体を変化させそれに動きが付随するという点である。(感情と身体変化の順番は実は逆であり、フィードバックされる)
感情とは感覚神経と運動神経の連動である
感情はホメオスタシスに付随する、設定した目標値と感覚器(効果器)からの入力の誤差を最小化するための内分泌系と自律神経系(交感神経と副交感神経)との連動によっておこる。
アロスタシスは将来起こりうる状況が通常のホメオスタシスの閾値に収まらないと予測した場合にその閾値そのものを変更するしくみである。この予測が感情に影響する。
感情は内臓の状態を知らせる自律神経反応を、脳が理解することと、その反応が生じた原因の推定という二つの要因によって決定される。
ホメオスタシスの回路は、効果器からのストレス信号→内臓運動皮質(主に前帯状皮質)→扁桃体→視床下部→自律神経と内分泌系を+補正 のように伝達される
推定する脳
内受容信号(内臓の状態を脳に伝える信号)は、島の後部へ入力され、それが前方に送られて前島で再表現される。このプロセスは猿には見られない。
島は感覚皮質である。前島が主観的感情を作る。前島によって身体をもつ自己を意思することができる。
内側眼窩前頭皮質では、感情価が高さに応じた場所で符号化され、扁桃体では、活動の強さに応じて覚醒度を符号化している。
感覚システムを通じて得られた対象に基づき対象のカテゴリーを認知するのは側頭葉。
対象が与えられた時に生じた感情によって、対象の価値が得られる。価値は感情と行動に結びついている。
モチベーションは動因と誘因の強さによってされる。誘因とは報酬見込みである。
報酬は、食欲性欲などの一次報酬、金銭などの二次報酬、評判、協力などの社会的報酬にわけられ、さらに報酬を得られるまでの時間差なども考慮される。
報酬価値評価:報酬予測は大脳基底核の一部である側坐核のシェルと扁桃体、および行動を決定する淡蒼球に伝えられ、扁桃体と視床下部とのやりとりにおいて、糖、塩分、タンパク質、脂肪などへ置き換えられ、その血中濃度に反比例する活動をするニューロンが活性化の状態を、扁桃体がそれぞれの成分に分類してまとめたものである。
この認知には、扁桃体や側坐核と結合している眼窩前頭皮質も関わっている。
報酬予測は経験を通じてのみ可能となり、大脳基底核ループにおける、ドーパミンによって強化、弱化される。(強化学習)
大脳基底核ループは、運動ループといわれる大脳皮質ー線条体ー淡蒼球ー視床ー大脳皮質と、辺縁系ループといわれる前帯状皮質ー腹側線条体(側坐核)-淡蒼球ー視床ー前帯状皮質の二つがある。
辺縁系ループは感情に密接に関係し、欲求行動、中毒性行動、うつ病などに関連する。
どのくらい先の報酬を考慮するかは、セロトニンの量によって決定する。
大脳基底ループによって報酬予測誤差や魅力度などの評価を行い、文脈に応じた行動を決定し実行することができる。
情動信号の予測信号が感情を決める重要な要因となる
情動とは内受容感覚(内臓からの信号が中枢に送られたときの生理的反応)である。
予測信号と情動との誤差が小さいときは自己主体感と自己存在感、自己所有感を得られる。
ミラーニューロン(略)
現実とは間接的なモデル
ある事象に注意を向けることは、感覚信号や内受容信号の精度を高める(シナプスのゲインを上げ、次のシナプスをより反応させる)ことである、。
人間はベイサプライズ(予測(信念)の書き換え度合いの大きさ)が大きなところに注意を払う。
視覚対象を認知するとき、感覚信号と、脳内で学習された「妥当な」モデルとを次々に突き合わせて誤差を測定し、その誤差がもっとも少ない物を「対象」と認識する。
認知される世界とは、誤差の最も少ない記憶と学習によって構築されたモデルである。
前島はわれわれが「見て、聞いて、感じる」ものを内受容予測の影響のもとで統合し、身体の多感覚表現を作っている。(身体的自己の基盤)
前島は内受容信号と予測信号の比較器である。
社会脳:扁桃体は、眼窩前頭皮質、外側部、内側部、島、前帯状皮質、上側頭溝、下前頭回あんどを強い相互作用をもつ。これらの多くは感情脳でもある。
共変動バイアス:悪いことの出現確率を高く見積もる
オキシトシンによる抑制によって、報酬価値が低く見積もられる行動抑制が低下し、予測誤差を気にしなくなるため、接近行動が促進される(図々しくなる)。
アイオワギャンブル
四つのカードの山は、傾向としてよいものと悪い物とがある。これをめくっていくことで報酬の高いと思われる山を推測していく実験。(行動系列を通じてゴール達成のための戦略を立てる=強化学習=大脳基底ループ)
アイオワギャンブルでは、山の良し悪しを意識するに至っていない段階で、抹消の自律神経反応に変化が起こる(SCR;うそ発見器で調べるようなデータ)
適切なアロスタシス機能は直観的な意思決定に寄与している。
知覚と運動
脳内では知覚と運動とを区別できない(全て感覚信号)
おわりに
感情は事後的におこり、自覚はさらに遅れる。世界に晒されているのは身体であり、意識とはそのモデル解釈である。だから、ヨガは有効だとの感想をもった。