望月の蠱惑

enchantMOONに魅了されたので、先人の功績を辿って、自分も月へ到達したい。

虚子のメハニカ ―写生・存門・挨拶

はじめに

 正岡子規さんから高浜虚子さんという大道。写生という原理主義から、より過激な花鳥諷詠という保守革新(ここには「美学」の問題がありますが、今回、美学については保留いたしました)。いずれも、主観から客観へ至るメソッドであった。

 ここでの客観とは、科学的態度であるというよりもむしろ、脱主観、を強く打ち出した姿勢である。

 そこには、限定された肉体に閉じ込められた情念を、自然に向かって開き、互いを相照らしたところにのみ生じる「普遍=存在」に回帰すべし、との主張がある。

 それが「俳句」という詩形が潜在的に備えた本意であり、それのみが「俳句」を「俳句」となす唯一の方法だからである。

月並シュミラークル

 正岡子規さんの偉業『分類俳句全集 全12巻』は、室町時代から江戸末期までの実に12万2千余句を、季節によって大別した上、扱っている物、内容(テーマ)別分類、取り合わせ別分類を行った画期的なものであった。

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 膨大な俳句を系統的に分類した子規さんにとっては、「月並み俳句」とそうでない俳句との差異は、ひよこの雄と雌とを見分けるよりも明確だったろう。

月並み俳句とは?・俳句の作り方/日本俳句研究会

 子規さんが「月並み俳句」として唾棄するのは「頭の中でこしらえた俳句」であったと私は思う。「空想」と「写実」に分けて、子規さんはそのことを説明している。

一 空想より得たる句は最美ならざれば最拙なり。しかして最美なるは極めて稀なり。作りし時こそ自ら最美と思へ、半年一年も過ぎてみたらんには嘔吐を催すべきほどいやみなる句ぞ多き。実景を写しても最美なるはなほ得難けれど、第二流位の句は最も得やすし。かつ写実のものは何年経て後も多少の味を存する者多し。

一 はじめのほどは空想ならでは作り得ぬを常とす。やがて実景を写さんとするにつかまへ処なき心地して何事も句にならず。度々経験の上写実も少し出来得るに至れば、写実ほど面白く作りやすきはなかるべし。空想の陳腐を悟り写実の斬新を悟るまたこの時にあり。

(後略)『俳句大要』正岡子規 岩波文庫p.73

 写実の方が断然楽しいと、子規さんは言っている。だが、空想による俳句を完全に否定しているわけではない。

一 作者もし空想に偏すれば陳腐に墜ちやすく自然を得難し。もし写実に偏すれば平凡に陥りやすく奇闢なりがたし。空想に偏する者は目前の山河郊野に無数の好題目あるを忘れて徒らに暗中を模索するの傾向あり。写実に偏する者は古代の事物、隔地の景色に無二の新意匠あるを忘れて目前の小天地にするの弊害あり。 (同p.74)

空想の翼

 もちろん「空想」には空想だけが担う翼がある。

 いかに「写実に徹する」とはいえ、対象を捉え、その迫るためには、「空想」が不可欠なのである。なぜなら、人間は人間であり、動物は動物であり、植物は植物であるからだ。

 実感として、人間は自然から疎外されて存在しているから、自然と人間とを繋ぐためには、人間の側の「空想力」が絶対に必要なのである。それを「感応」とか「共感」とか「一体感」などと表すと、これらの根本が「空想」であることが消されてしまう。

 理屈では追えない感覚を掴むためには、想像するしかない。

では、なぜ「空想」俳句は駄目なのか?

 「空想」には二通りあると考える。

 まず一つは「月並み」を生産する「自身の知識において類型を弄ぶ空想」。

 さらに一つは「自分の外にある対象せまらんと働かせる空想」だ。

 つまり、その「空想」は「自己の外にある対象」に向かっているか、否か。検証されるべきは、この一点にあると考える。

 端的にいえば、その空想は「狭い(閉じている)か」か「広い(開いている)か」ということに尽きる。

 そして、そこを追求したのが、高浜虚子さんであった。

脱主観という客観

「写生を目標に」

(前略)

 写生ということばはいくらでも深くなります。進むに従ってだんだん奥深い目標となって行きます。要するに自然人生を疎かに見てはならないことに帰着します。そういうところになると凝視と沈滞とが含まれていなければなりません。やや進んだ人にはその意味で説きます。唯見たままを写せということは第一歩の人に説きます。(後略)

『俳談』 高浜虚子 岩波文庫p.51

 「我を出ない空想」の狭さは、「肉体」という限定された時間へ自然を閉じ込めることから生じる狭さである。入りきらないモノを排除する狭量さである。囲っておいてそこで安寧していたいという小ささである。

 これは「内向き」ともいえないし、「我の探求」とも違う。「盆栽」でもなければ「存在」でもない。なによりも、そこには「いのちの胎動」がないのだ。

 「空想」がなければ自分以外のものを経験することができない。これは、「主観」がなければ自分以外のものを経験することができないといいかえることもできる。

なぜ「主観」は排されねばならないのか?

 こう問い直すことは、一つには、さきほどの「空想」に対する質疑を繰り返すことと同じだ。すなわち「その主観が対象するモノの座標」が問題なのである。いうまでもなく空想の視座は主観に存する。重要なことは、その空想によって、主観がどれだけ揺らぐか? 変成を迫られたかなのである。

『なめとこ山の熊』に関して、(中略)猟師(俳人)は動物(自然・季語)を追っていきますけれど、動物の目と同じものを見ていかないと追えません。猟師は動物の世界へ自分をつなげているのです。ところが今のハンティング(散文)は違う。今のハンティングでは、人間があくまでも人間のままです。強力な飛び道具(言語)がありますから。
cf.『哲学の東北』 中沢新一 p.46 四次元の修羅( )内は引用者のメモ

 と、唐突に引用してみる。

 自然を観察して、主観を一歩も出ず、ただ棒でつついているだけでは、本質は掴めない。虚子さんが言う「凝視と沈滞」の「沈滞」とは、「我の内に沈む」のではなく、自然と感情との相関する新たな境地のさらに深くへ潜行するという態度である。

主観は貴といが客観の修行が第一

(前略)

私は元来 主観尊重論者である。唯その主観は客観の形態を具備したものでなければなければ価値がない。これは特に俳句修行上の要件である。(後略)

『俳談』高浜虚子 岩波文庫 p.145

この、唯物主義こそ、虚子さんの「花鳥諷詠」なのだ。

それを僕は「唯物論」と呼んでいるんです。想像力というものは、人間の脳のなかだけでおこっている現象ではありません。蜘蛛の巣とそこに差し込む光と、それを見る人間の知覚と、そのすべてが一つになったときに、単独の蜘蛛の巣にもなかった、それをまだ見ることのなかった人の中にもなかった、第三の現実が生まれてくる。蜘蛛と人間がひとつになって、想像力は起動します。それは、蜘蛛と光線と人間の合作なのです。人間でも蜘蛛でも光でもなく、同時にそのすべてのものでもあるもの、そういう実体をもたない、だいさんの現実を直観できる能力こそ、想像力と呼ばれるものだと思います。『哲学の東北』 中沢新一 p.135 過ぎ越しの賢治

 感情(主観)と季題(客観)これらが一体(ただし合成でも化合でも渾然でもない。表裏でもなく、混交でもない。それらは分かれていながら分かれておらず、一つでありながら別々の存在なのである)となったとき、俳句となる。

  

そして存問へ

個々の自然と挨拶を交わし、個々のいのちに触れ、共感し喜び合い、俳句に詠うこと。これを続けているうちに虚子は、人間のいのちも草木禽獣のいのちもじつは同じいのちであり、等しく大宇宙のいのちであるというところに到着しました

『決定版俳句入門』 「俳句」編集部編 稲岡長 p.85

  ここに写生の奥義をみる。同時に写生の限界をみるのである。

 それは、俳句が「言葉による表現」であるところに発する宿命でもある。

 写生が「個物」を「個物」のままにとらえることを提唱し、「花鳥諷詠」が、その対象を「自然=客体」に限定した。これによって「主体=客体」の相関に没入する「主客相照」といった状況が判明したのである。

 これは、ほとんど「禅」である。

 俳句が十七文字という世界で最も短い詩形を用いる意味がここに現われる。言葉を極限まで廃することで、自然との即応を、読者に直感させる文学。これが「俳句」なのである。

開け

僕はね、東北の世界をひと言で言ってみろって言われたなら、前からこれは〈あいさつの世界〉だなあと思っていたの。あんまり会話しないんですよ、だけど会うと必ずあいさつをする。その瞬間〈開く〉わけですね。それで十分なんだ。開いたあと、何か言葉で開きを埋めていく必要なないんだ、という。
(中略)
だからあの世界だとね、熊と人間の間に開きが起こっちゃうんですね。熊があいさつをするわけですよ。だけど僕らの世界だと、その開いたものを言葉で埋めてくれないとコミュニケーションにならないと思っている。ところが僕のイメージの中では、あるいは歩いて感じた東北の世界というのは、そこを埋めなくてもいいんだ、という感じがするんです。

『哲学の東北』 中沢新一 pp.105-106 ダルマがあいさつするとき

 虚子の存門とは、自然への挨拶である。この挨拶によって、両者のあいだに一瞬「開き」が生じる。感情と季題が一つとなる場に、実は言葉は不要なのである。俳句は、その一瞬の邂逅を再び、分かたれた世界へ持ち帰る小さな器なのである。その容積は十七音分。それだけの距離が俳句となるのである。

「動物(自然)と人間(俳人)が結合して新しいメハニカを作っていく。そしてそのメハニカ(虚子の存問)の目で世界を見ていく。
cf.『哲学の東北』中沢新一 p.47 四次元の修羅( )内は引用者のメモ

 存問とは、高浜虚子が見出したメハニカだ。だが、この超薄の距離が、俳句の致命的に危うさをもたらすのもまた事実なのである。

流れ込む歌

イデアル 

 自然の単独性を追求する場合に避けて通れないのは、「イデア」に関する議論である。個を突き詰めた先にあるのは、「祖型」なのか「原型」なのか。前者は「理想形」としてのイデアであり、後者は「源基」としての「一」である。

 それぞれがそれぞれに「美学的規範形」を持つという、イデア論を、私は採らない。従って、とことん追求していった最後に到達すべきは、「一」ということになる。これはつまり、「真如」であり「涅槃」である。

 この到達点を想定するからこそ、如来像思想が有効なのである。山川草木国土悉皆成仏といえるのである。

が、

そう簡単に、ここへ到達できるはずはないのだという謙虚さを持ち続けなければならないのである。

個体性が孤独の中にいながら「カッコゥ」と言ったり「こんにちは」と言ったりしながら瞬間的に〈開き〉を作っていく。ところが最澄の世界だと、そういうあいさつは必要ないんですよね。華厳のように響きわたる世界が本体として実現されている世界では、あらゆるところであいさつが交わし合われディスクールが交わし合われている。言ってみれば非常に饒舌な世界といえます。ところが東北的個体性の世界だと、暗い肉の中に閉じ込められているものが瞬間「カッコゥ」という感じで言い、向こうがそれを受け取る。「その瞬間だけでいいんだ」という考え方、これは賢治と東北を強引に結びつける感じで良くないかもしれませんけれども、しかし、そこに何かシンパシーを感じる。 『哲学の東北』 中沢新一 p.112 ダルマがあいさつするとき

 しいて言えば、簡単に、フロイト的「深層心理」を突破し、ユング的「共通する古層。共同幻想」に到達した!などと、いい気になるなということだ。

天城越え 

 十七音を「解釈」するなどという傲慢さは、「真如」から十七音を隔てる超薄の空隙にユングを導入し、「土着」「民族性」「共同幻想」などがラッパを吹き鳴らすのを聞くであろう。

 これは「俳句」に「歌」を呼び込むことである。「自然」を「情念」で染め上げることである。「天城越え」である。再び月並みへ堕することである。

さいごに

 言語を扱う以上、我々は、まづはフロイトに留まるべきなのであり、その先へ言語をもってずかずかと入り込むのは、役者不足と知るべきなのである。

私はただ、それが可能な人の労作を、注意深く読み、備えることしかできない。

 虚子の存問は、じつに、そういう姿勢なのだと、私は考えている。