はじめに
京都大学の「第一回京都こころ会議(2018.9.13)」の五つの公演をまとめたもの。中沢新一さんが基調講演を行っていたため、読んだ。
印象として、中沢さんは、「脳」と「こころ」とに結びつけられる様々な分野の内容を、普段よりも大胆に、ある意味では粗雑に、そして性急に、展開していた。後に続く講演者の専門分野に目配りして、可能な限り範囲を広げられるようにとの配慮だったと思う。
その試みは、たとえば『シンポウム』などで浅田彰さんが定めるかっちりとした閉じた(closed)フィールドではなく、そこからいくらでも外へと流出、逸脱する余地を残した(open)なフィールドであった。
1.ニューロ系とこころ系
「こころ」理解のためのアプローチとして、【ニューロ系】脳外科、神経科学的方法と、【こころ系】認知過程の観察による方法。とがある。
【こころ系】の働きの全てを【ニューロ系】に還元することは〈体験上〉できない。⇒ここで、〈体験上〉とあっさりと言っているところが、粗雑である。
2.言語は身体に依存する
言語は身体的に発話可能な音の中から、ごく少数の要素だけを選び(文化的選択=自然過程からの分離→構造主義)音素とする。
⇒生物は、自らの肢体(存在の様態)によってのみ外界を知覚し、その知覚によってのみ「知識」を生成していく。(cf.ユクスキュル)ここで話題となっている「こころ」とは、あくまでも「人類」が認識する「こころ」であって、その他の生命体は「こころ」を持たないということではないと、私は考えている。あらゆる観点から私は「人間至上主義」を採らないし、「人類の叡智最良説」にも否定的である。それらは人間という存在形態にとって、まずは有効なものであるにすぎない。(cf.次は『どもる体』という本を読む)
3.bricolage
レヴィ=ストロース『野性の思考(1962)』
手元にあるものを少し変化させたりすることで、間に合わせて何でも作る。(仕事をする)
スクワイア、カンデル『記憶のしくみ』
手持ちの遺伝子(たんぱく質)を少しずつ変化させて(突然変異)進化していく。(cf.フランソワ・ジャコブ)
⇒突然変異からの適者生存には、明確な志向性はないのでは? 進化は必ず、単純から複雑へ、低度から高度へと進むといえるのか?)
ニューロ系もこころ系も、同じくブリコラージュによって発展(進化)してきたものと考えられる。(宇宙人や未来人などを想定する必要はない。あるものが少しずつ変化して生じたものなのでる)
4.isomorphism,homomorphism
数学およびゲシュタルト心理学の述語。同型性、同準型。
ハイエク『感覚秩序(1952)』異なるカテゴリーの事物間に、同型や同準型の関係が見出されるとき、それらの間には確かなつながりを見出すことができる。(⇒収斂進化も?)
すなわち、出鱈目ではない情報伝達が行われ、構造をそっくり移すことができるということだ。(⇒性急にすぎるのでは)
「ニューロ系」と「こころ系」は、共に、ブリコラージュによって発展したことから、両者は同型とみなしうる(⇒飛躍。循環論法に陥りかねない帰納法)
ゆえに、「もの」(⇒ここで「ニューロ系」を「もの」と捉えなおす)と「こころ」は直接的な因果関係ではない(もしそうなら、唯心論か唯物論になる)、同型性(構造に情報を運ぶ作用)を媒介してつながりをもつ。(唯心、唯物の二元論を超える立場)「自生的秩序」(⇒自己組織化?)
5.ニューロ系の作用
「ニューロ系」は原初的な「分類」の能力をもち、(ex.視神経ニューロン)感覚のレベルで階層性を形成する。
アメフラシの記憶実験では、細胞刺激を0とする作用が観察できる。
記憶=慣れる=忘却してもよいものとカテゴライズする=「0」化する。
シナプスの可塑性
6.アナロジー
メタファー(隠喩)+メトニミー(換喩)=アナロジー(喩)
これが「こころ系」の働き。(似ているものを結びつける能力)
また、言語も、数学も「アナロジー」無しでは不可能である。(レイコフ・ヌーニョス『数学の認知科学』)
無意識も同じだ。
メタファーは重ね合わせ(圧縮)
メトミニーは横にずらす(統合)という秩序をもつが、これは、統辞法(=時間軸)に沿う言語とは異なる流動性をもつ。
意識も無意識もアナロジーをもとに活動する。両者はモルフォニズムの関係にあるので互いにスムーズに移行できる。
言語世界の同型性(「自然」や「もの」との)S+V+O シンタグマ軸
ネアンデルタール人も、この統辞法を用いていたが、「宗教」「芸術」をもたなかった。(⇒この二つを中沢さんは人間の「こころ」のはたらきとみなしている)
ホモ・サピエンスになって、メタファー的な、パラディグマ軸が拡大した。(アナロジー脳への進化)
脳の容積は、ネアンデルタール>ホモ・サピエンス。圧縮タイプ(メタファー)型の脳構造となったといえる。
7.homolosy
「ニューロ系」におけるカテゴリー化のしくみ≒「こころ系」が用いるアナロジー的機構
「ニューロ系」の構造をブリコラージュのやり方で組み立てなおしたところに「こころ系」が形成されてくる。
ホモロジー:(ポアンカレ)圏論(category theory) ニューロ系やこころ系の基礎的活動をそのまま自然に取り出してきたかのような理論。「割り算」で見る世界。
VからWへ伝達される情報のうち、Wへいくと消えてしまう(ゼロになる)情報ははじめから無視してしまう情報縮減のプロセスとして世界をとらえる(V/W)
生物の知性のあり方から、ニューロ系の仕組みまで。「イデア」から「もの」まで表現できる。
8.二つのゼロ空間
V/Wの世界は、絶え間なくゼロ空間を生成する。
感覚の分類、カテゴリー化、記憶化といった「ニューロ系」ゼロ空間を生成する。
「こころ系」のアナロジーもゼロにより生成される。(⇒ゼロへの姿勢が性急な気がする)
同じゼロ空間だが、内部構造に違いがある。その違いが「こころ系」を「ニューロ系」に還元し尽くせない理由だ。
「ニューロ系」のゼロ空間は、デジタル式の1(有)と0(無)のゼロである。これは「なにもない」ことによってある。有との差異化によってのみ見出される存在だ。
「こころ系」のゼロ空間は内部構造を持っている。アナロジーはこのゼロ空間を介して新しい意味の増殖が起こる。ゼロ空間を通り抜けると情報の間に新しいメタファー的結合が生じる→「空」cf.ロートレアモン『マルドロールの詩』
まとめ
中沢さんは、「こころ」は「脳」の後に生じたとする。これは、人間がそのように感じる「こころ」がホモ・サピエンスの脳から生じたのだということを意味している。ここから中沢さんは、仏教について少し触れるが、この会議では仏教色を極力廃しており、それは妥当な配慮といえるだろう。
「生産性を持つ「ゼロ空間」は、人間の心の中だけに働いていて、実体としては取り出すことはできません。そんなものは存在しないのです。ところが、その非存在は、こころの動きに働きかける作用素となって、意味の世界に絶え間ないメタモルフォーゼ(姿態変化)を実現し、出来上がった世界の固定性を揺るがして、そこに自由を導き入れる力を持っています」
「ニューロ系に、新しい結合をもたらすタンパク質が形成され、新しい回路が形成される突然変異が起こったとき、そのタンパク質の情報と遺伝子に組み込むことによって、こころ系を持った人類ホモ・サピエンスへの進化は起きたのでしょう」
なお、そのほかの講演内容についても拾うべきものはあったが、今回は長くなったのでこれまでとする。それぞれの内容については、今後のブログへ活用することもあるだろう。