望月の蠱惑

enchantMOONに魅了されたので、先人の功績を辿って、自分も月へ到達したい。

ロリペドこもごも ―中勘介とルイス・キャロルとウラジーミル・ナボコフ

はじめに

『ダイアローグ Ⅴ 1990-1994』の、柄谷行人さんと、富岡多恵子さんの対談で、富岡さんが現在、中勘介について書いていることが話題にのぼった。それは主に、「夏目漱石が中勘介を溺愛に近い形で評価していた理由について、柄谷さんの意見を聞きたい」というものであったが、その中で、中勘介さんは、ある種神各化されており、作中にはっきりと描かれている氏の「小児愛」を、誰一人指摘しないのだと、語る部分があった。

後に『中勘介の恋』として出版されたらしいその本の冒頭で、富岡さんは、中勘介の『郊外 その二』という作品から、以下の場面を引用していたようである。

「さあここへいらつしやい」とひざをたたいてみせたら、ひざの上へ座ろうとするのを
「またがったほうがいい」と言つてさうさせる。このはうが自由にキスができる。
右の頬へいくつかそうつとキスをする。
私はまたひとつキスをして「これはどういふ時するもの?」ときく。
「知らない」
「私あなたが可愛くてかはいくてたまらない時するのよ。
あなたも私が可愛くてかはいくてたまらない時するの?」
「ええ、さう」
「あなた私大好き?」
「大好き」
「でも今に忘れちまうんでせう」
「お稽古が忙しくなれば忘れるかもしれない」
「私どんなに忙しくたつてあなたのこと忘れないのに、ひどい」
「そりゃ私子供だから」 

「 直球感想文 本館 by vMUGIv 様のブログ」に詳細にまとめられているところによれば、上記は、

32歳の中勘助と9歳の少女の会話である。
のちのち勘助と結婚する妻の父は頑固な退役軍人であったが、
この部分を読んで「こんなに子供好きの人ならば」と結婚を許したそうで、フシアナにも程がある。

vmugiv.exblog.jp

とのこと。全く同感である。

中勘介はペドフィリア

上記会話の状況については、yuz*n*224様のブログ「葭の塾」で説明してくださっています。

友人の娘・江木妙子に対する感情とその行動は、読んでいて背筋が寒くなるほどの異常さです。勘助は八つか九つの幼女を「妙子さん」と呼び、妙子には「中ちゃん」と呼ばせます。可愛くてしょうがない勘助は毎日のように友人宅を訪問して、両親の前で抱き上げキスを繰り返し、求婚までするのです。

さらに、別の五歳の女の子に送った恋文も引用なさっています。 

「京子チャンナカオヂサマワアナタノオカオガミタクテタマリマセン ダケレド……アソビニユキタクテモアンヨガイタクテアルケナイシカナシクナッテシマイマス ナカオヂチャマガオオキナコエデナイテイルノガキコエルデショウ (中略) デモジュウハチニチニワアソビニユキマスヨ ソノトキワナカヨクシテチョウダイ アタシバッカリニ ホカノヒトワドウデモイイカラ サヨウナラ オヤスミアソバセ      ナカオヂ」

このような事実について富岡さんの見解は、

富岡氏は、勘助のこの異常性癖を精神医学でいう「小児愛(ペドフィリア)」と断言することは避けながらも、不思議なことに妙子や京子の両親はもとより『郊外 その二』を読んだ友人たちも、またのちの批評家、研究者もだれひとりとして問題視していないことを指摘します。勘助自身が「子供に対する私の愛は殆ど病的であり、また狂的である。(『街路樹』)」と告白しているにもかかわらずです。
 同じ症例を『不思議の国のアリス』の作者ルイス・キャロルに見出した富岡氏は、キャロルが六十六歳で死ぬまで独身だったのは、彼が成人した女性と関係できぬ「小児愛」者だったからだと、暗に勘助が五十七歳まで結婚しなかった理由を推察しています。

 ということでした。

blogs.yahoo.co.jp

私は、この富岡さんの見解の前半については、この記述だけでは、中さんが幼女への挿入を望んでいたか否かは判断しがたく、「真性ペド」とも「代償性ペド」とも判断がつきにくく、実際のところ、彼が幼女への強姦を行ったという記録は残っていないのであるから、富岡さんは中さんを「ペドフィリア」と断言することを見送ったのであろう。と理解できる。

中勘介とルイス・キャロル

 問題は、見解の後半で、富岡さんが、中さんを症例において「ルイス・キャロル」を引き合いに出していることに、違和感を覚えたのである。

 中勘介さんと、ルイス・キャロルことチャールズ・ラトウィッジ・ドジソンとは、その作品性において全く異なっている。一言でいえば、中さんはベタベタだが、ルイス・キャロルは乾いている。(※ 私は中勘介さんの代表作『銀の匙』はおろか、いかなる作品も未読だ。ここでの印象は、ダイアログⅤや、引用させていただいたブログの内容を拾い読みした限りでの感想である)

 そこには、肉体と精神の問題があると私は思った。そして、これは「美しい(崇高)」と「かわいい(愛玩)」であり、「ワイセツ」と「ゲイジュツ」であり、「ナルシシズム」と「フェティシズム」があり「サディステック」と「マゾヒステック」がありる。まとめていえば、「痴漢者」と「覗姦者」の違いを感じるのだ。「性衝動の昇華」のレベルが、そもそも違っているように感じる。

ルイス・キャロルさんのこと

 今回は、先達のブログの引用に頼りきりで恐縮なのだが、上記問題に関して重要な記事を蓄積してくださっているブログがあるので、ご紹介する。

www.hp-alice.com

木下信一様による上記ブログの

日本のサブカルチャーにおける《ルイス・キャロル=ロリータ・コンプレックス》像の定着史 において、ルイス・キャロルロリコンであるとの間違ったイメージがいかにして定着し、再生産されていったのかが、詳細に跡付けられている。以下のリンクにある氏の記事をご一読いただきたい。

Is Lewis Carroll Lolita Complex?

特に巷に影響の大きいと思われるものとして、チャールズ・ラトウィッジ・ドジソンが多くの少女の写真(ヌードを含めて)を撮影していた。というものがある。だが、それをもって彼を「小児愛者」と指差すのは早計にすぎる。

当時のイギリスでは、少女のヌードは「純粋さ」の象徴として多くの写真家が好んで題材にしたものなのだ。同時代の写真家ジュリア・マーガレット・キャメロンにも少女や少年のヌード写真が多く残っている。(同ブログより)

(※だが、これは現在の「児童ポルノ」や「ジュニアアイドル」などの「子供の人権問題」を解消するものではない。仮に、親の同意、本人の同意があったからといっても、「芸術」として撮影し、「芸術」として鑑賞されるのであれば、傷つく理由などない。などと、主張しても、モデル本人を傷つける結果をもたらす可能性は否定できないからだ。その意味では、清岡純子さんのみならず、荒木経惟さん、篠山紀信さん、沢渡朔さんなどの少女のヌードを撮影した写真家も同じ責任が問われるものと思う。後述あり)


 また、「アリス・リデルに求婚した」や「成熟した女性を愛せなかった」などの逸話についても、当時の文献資料から否定できる。さらに、ルイス・キャロルさんは、仲良しだった少女たちが成長した後も、友人として付き合うことができた点は特記しておかねばならないだろう。中勘介さんは、それができなかった。

 にもかかわらず、ルイス・キャロルロリコンという風評は、半ば常識として広まっている。それでも、『不思議の国のアリス』自体は、いささかも評判を落とすことなく、広く読まれている事実が、彼が「犯罪的小児愛者」でないということが伝わっているからではないかとも思われる。

ウラジーミル・ナボコフ

不思議の国のアリス』は1865年。この本では「アリス・コンプレックス」という言葉を生まなかった。ロリータ・コンプレクスの元となった作品ウラジーミル・ナボコフの『ロリータ』は1955年だ。(アリスはまず、「少女」の代名詞として定着した後に、「ロリータ」の称号を付加されたのだ。その際に、性的性質をアリスに付与することになったと考えられる)

この本は、徹底的な「小説」であり、日本における「私小説」的要素は皆無である。

ここでまた先達のブログから引用することをお許し願いたい。

少女愛、あれこれ
~ Karasunoendo's note de SIP concernant Amour de fille ~
著者:カラスノエンドウ


カラスノエンドウ氏の記事から、ご紹介しておきたいのは

22.『ナボコフ書簡集Ⅰ・Ⅱ』から以下の引用である。

「(『ロリータ』は)実名では容易に出版できないものです。一人称で書かれているため、とり わけそうです。不幸なことに「一般」読者は、物語のなかに登場する架空の「私」と作者を同じ と考える傾向があるのです。(1953年 106番より)」

「貴兄と私には『ロリータ』が真面目な目的を持った真面目な本であることが解っています。読 者もこの本をそういうものとして迎えてくれることを願っています。スキャンダルとしての成功 では悲しいだけです(1955年 129番)」

 ということである。

ロリータコンプレックスとピュグマリオニズム

 作者の願いも虚しく、というべきだろうか。『ロリータ』は多分、スキャンダラスな受け入れられ方をした。というより、社会がスキャンダラスであったことを暴露したのだといえる。

ここで、またブログから引用をさせていただきたい。

馬頭親王の文章漂流記

 1-4 カイエ篇  ロリータ論 より

(4) 「ロリコン」という言葉の起源は、一九五五年に発表されたウラジーミル・ナボコフの小説『ロリータ』におけるヒロインの名前がもととなっている ことは周知のとおりである。この小説が発表されるや、「ロリータ」「ハンバート」「ニンフェット」といった語彙は臨床家たちの間にたちまちのうちに波及し た。すなわち『ロリータ』が書かれた時、すでにアメリカ社会にはこういった語彙を必要とするような社会現象が広く見られたのである。これに体系的な分析を 加え、『ロリータ・コンプレックス』という用語を同名の著書において定義したのはラッセル・トレイナーである。

 ナボコフの『ロリータ』は、その高度な小説性よりもむしろ『ロリータコンプレックス』を極めて的確に指摘しえたという「症例」として臨床医間に波及した。

この小説(『ロリータ』)からロリータ・コンプレックスという概念を作ったのが、アメリカの心理学者ラッセル・トレーナーだ。彼によれば、ロリータと呼ばれるのは、大人の男性とセックスをする九歳から十四歳の少女たちのことらしい。
 で、ここからが重要。実はロリータ・コンプレックスというのはね、もともとは「大人の男性を好きになる幼女」の無意識の欲望を意味する言葉だったんだ! で、それがいつのまにか、「幼女の好きな男の欲望」って意味に逆転して、今に至るってわけ。
『おたく神経サナトリウム』 斉藤環著 「ロリコンは「少女の変形」の夢を見る」ロリとペドの違い より

 因みに「九歳から十四歳」の定義は、『ロリータ』の作中でハンバート教授がニンフェットの定義として示したものである。

 日本における用例については、

日本ロリータ・コンプレックスという言葉がいつどのようなきっかけで使われるようになったか、明確には判明していない。言葉自体は1969年に出版された『ロリータ・コンプレックス』(ラッセル・トレーナー)の邦訳が日本での初出とされているが、それは「少女が中年男性に関心を抱く」という意味で用いられているものであり、ここで説明している概念とは正反対のものである[1]1974年和田慎二が『キャベツ畑でつまずいて』のなかでロリータ・コンプレックスという言葉をすでに用いており、これが初出とは判明していないが、ここで説明している概念を表すものとしては初期の用例とされている[1]。また1972年澁澤龍彦は『少女コレクション序説』でロリコン現象を少女視点ではなく男性視点で捉えるべきではという意見を述べていて、これを現在の用法の発祥とする見解もある[1]。(wikipedia ロリータコンプレックス

となっている。つまり、澁澤氏によって概念の逆転が主張されたということのようである。

 『少女コレクション序説』を読み直す必要はあるが、いかに少女から恋情をもって慕われたところで、それを受け入れるというのは男性の側「癖」の問題なのだということだろうか。同書の表紙は、氏が四谷シモン氏から送られた球体関節人形の写真だったと記憶している。少女の「人形性」という点を魅力とするフェティシズム(ピュグマリオニズム)に通低する立場として、私はとらえたいのであるが。

 潜在的に、幼女、少女を性愛の対象とみなす男性は多かったのであろう。それは、先ほど少し書いた「真性」と「代償性」の双方、また「代償性」にも「性行(挿入)」を求めるか否かの二通りがあり、それとは別に、加虐性を満たすために自分よりも弱いものを対象とする者も、みな少女、幼女へ向かうからだ。

(ピュグマリオニズム、プラトニック、サディステック。などから、「人格」と「肢体」の関連を検討することは、以前にすこし書いたので今回は省略する。)

 

mochizuki.hatenablog.jp

幼女、少女愛をとりまく二重性 

平安時代では、結婚適齢期は十代半ばだったという。

昔の結婚適齢期は10代中盤! 正妻か愛人かを決めるポイントは女性の経済力だった|「マイナビウーマン」

この記事によれば、初潮を迎えてすぐ、結婚についての話が取りざたされるようになったとある。先述の「ジュニアアイドル問題」と同根と思われるが、「親が決めた相手」との結婚が当然だという風習がつい先ごろまで(家によっては今だに)有効であることを考えれば、それを批判することはできないだろう。

blogos.comだが、現代における上記のような風習は、根絶すべきだと思う。重要なのは、「護られるべき人権」である。

初潮=適齢期間近

先述のルイス・キャロルの時代のイギリスでは結婚は13歳から許可されていたという。日本でもイギリスでも(そして他の国でも)、初潮を迎えるかどうかを基準としていたようである。現在の常識からすれば、ひじょうに若い。

このことから、二つの仮説が生ずる。

①結婚とは家を絶やさないためのものであり、妻に欲情する必要はなかった。(子作りは作業であった)

②少女は性的対象であった。

少女愛、あれこれ」 カラスノエンドウ様 のブログによれば

49.平安時代のロリータ、璋子(たまこ)の項で、白川法皇は13歳に満たない少女で性欲を満たしていたことをうかがわせる。

また、江戸時代には武家屋敷に、少女を置くことが流行った(妾奉公)そうである。

25.武家屋敷の少女ブーム

 以上から、少女が「性的対象」であったことは江戸時代まで、一般化されていたと考えるべきである。(宗教的タブーと稚児についての考察はいずれ)

大人の事情

 一方で、少女の裸体に性的興奮を覚えるのは、ごく一部の変態であるとの了解事項のもと、70年代、いや、80年代あたりまで、地上波のテレビや映画ではごく普通に、子供の裸は放送されていた。また、先述の清岡純子さんなどの少女写真集なども、一般書店で販売されていたし、週刊誌などでも「少女」は表紙を飾り、芸能界においてもアイドルは一挙に低年齢化していった。

 この流れは、表面的には「少女」の無邪気さや、美しさ、などを言い訳とした「性の商品化」に他ならなかったと思う。当初、「ワイセツとゲイジュツ」の議論から「少女」は除外されていた。それは、大人として少女に女としての魅力はなく、劣情を催すなどということはありえない。という常識による。その一方で、「そういう目」で見る人々にむけて消費を促していたのである。

 そしてあまりに残虐で不幸な事件が起こると、「ロリコン」を一掃しようという反動的な流れがおしよせる。これらは、少女を性対象とする犯罪者予備軍から、少女を性犯罪から守るための措置である限り必要なものだ。

 だがまだ少女に対する性犯罪者の情報公開やGPS設置義務などは実現していない。犯人の人権とか、社会復帰の妨げになることを防ぐとかいっているが、再犯率の高さは無視できまい。確実な矯正プログラムが確立していると考えているのだろうか?(これはまた別にとりあげたい)

関連する諸問題

 それにしても、ロリータコンプレックスという言葉は曖昧すぎるし、「ロリコン」という言葉は軽すぎる。だが、この曖昧でテキトーに用いられるロリコンという言葉で、全ての「ロリコン」を一括りするのは、乱暴だとも思う。

「言葉の問題」として、きちんと使い分ける必要があると、私は考えている。

以上、書けたところまでとする。