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望月の蠱惑

enchantMOONに魅了されたので、先人の功績を辿って、自分も月へ到達したい。

『心の社会』は工場の分業ラインとは違う気がするので

レビュー 書籍 社会 生命

 

 出会い 

この記事を見て、「絶対に読まねば」と勢いこんで図書館検索予約入れた。

wired.jp

その本は、

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彼は言う。

心は心を持たない小さなエージェントの集合体。 

 心とは脳の働きである。

 

 それそれ、それ知りたかったこと!

著者?

 AIの偉い人(?)。人工知能のプログラムをする上で、「機械が心を持つことができるか」的な研究が不可欠になって、人間の心の働きについて、様々にシミュレートした結果、知見が広く深くなった様子。だから脳についてのプロじゃない。脳の構造や脳内物質なども凄く勉強したに決まっているけど、本職はプログラマー、ですよね。

 結論 

とても期待はずれ だったよ。

理由

構成意図と達成度 

  細かな章立て、節立てで、この本そのものが、単純な記述の集合体で出来上がっていて、それらが、蜘蛛の巣のように関連しあって、とても複雑な問題を解きほぐしていくという構成意図は、大賛成。だけど実際には、そういうの、難しかったみたいで。

『エチカ』みたいなの期待してたんだけど。そこまで徹底できなかったみたい。

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 簡素な言葉を提出してくれる切れ味のよい部分は前半に集中している。後半は、内容が複雑になってくるから無理も無いけど、「え? その前提どこからきた?」というのが増えて…… そう。こっちが無知なのがいけない。

 積み木を積むには?  

 何よりも、なじめないのは、まず「機能」ありきで、話が進むところ。それでいて、スタートはあくまでも「心がないエージェント」。それらをまとめる「エージェンシー」とか「管理部門」とかが、必要だ・か・ら と、ご都合主義的に、次々と登場する。それらが、あまりにも整然としたモジュール、オブジェクト、階層を構成し、割り込みルールや例外ルールなんかを適用していく。なぜそれがそうなるのかについては、

循環論法に完全に答えることはできない

 という一文で事前に回避しちゃう。それは科学じゃないって判ってるよ。でもそこが一番知りたかったのだけども…… 

脳パニック! 

 「その機能を実現するにはどういった作業が必要で、それはどういった最小単位の積み重ねで達成できるか?」というドグマが、この本を貫いている。だけど、脳のおもしろさは、「そんな風に考えるユニットなんてのは無い」ってところにあると思っているのです。

 臓器としての脳の構造、脳細胞の原始的な好悪、快不快の原則に応じた、単純な反射反応が、数億(?)回も繰り返される中で、じわーっと全てが決する。どのラインが優秀かを競っていくイメージよりも、もっと群集意識的だし、パニック論的だと思う。その点では、脳の構造から心、意識を考える『脳と意識の地形図』のほうが、好みだったな。

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 彼はそのことも知っていたはず。だけど、そんなプログラムは組めないからな。自己学習プログラムが囲碁で大躍進していたけども。この時代にはまだね。

wired.jp

プログラマーの性 

  パズル原理として、《生成ーテスト法》を挙げ、川に橋をかけるプログラムについて、事前に橋を設計してそれをプログラムしなくても、板を釘で連結するパターンを大量に生成し、それが川を渡る目的に合致するかのテストを繰り返すという例を挙げる。

 でも、そもそも、板と釘、と決めているのは、プログラマーであって、コンピュータじゃない。木か、石か、鉄骨か、コンクリートかの選択も含めてプログラムできると書くべきだと思った。

 ツギハギ

  脳の発達については、児童の発達心理学、教育学なども駆使するし、意識に上らない働きについては、フロイトなんかを持ち出すのだけど、「そのための勉強」といった感じで、細かな章立て、節立てによる自由度が、逆に、その都度適当なものを当てはめる、ご都合主義という風に思える。なんというか、取扱うレベルがバラバラだと感じてしまう。ある節では、細胞レベル。別の節では、常識レベル。また、子供の脳という大きな括りだったり、笑いという一つの感情を取り上げたり。

エージェントどこいった?

  せっかく、「心を持たないエージェントの集まり」という前提で始めたのに、さっさと「エージェンシー」などが現れて、検閲とか抑制とかの機能を発揮しはじめ、それらの働きの説明に終始してしまう。「ね、こういう働きなら、心っぽくない?」って、エージェント関係なくなってない?

 上位を固定することはできない。下部(エージェント)の記述は常に冗長で煩雑すぎる。で、中ほどのエージェンシーあたりを便利に使ってまとめる。だから、こうなる。

徹底性が足りなかったから、物足りない。発見が少ない。そんな印象だった。

タイトル変更案

  タイトルが『心はプログラム可能か ―AIプログラマーが取組んだ「心」の働き』とかなら、読みたいリストの下においといたのにと、そんな本でした。

以下、それでも残しておきたい言葉があったので、引用しておきます。

 

1-5:常識
 常識というのは単純なものではない。逆に常識は、苦しみの末に身についた、たくさんの実用的な考えからなる巨大な社会である。

1-6:エージェントとエージェンシー
 自分が何をしているか知っているエージェンシーと、自分のしていることを知らないエージェント。

2-3:部分と全体
(訳注3)gestaltの訳。ドイツ語で形態のこと。あるものの形態はそのものを全体としてみたときにはじめて認識できるものであり、各部分を別々に見てそれらを寄せ集めたものとは違う、という考え方をゲシュタルトの考え方という。

4-4:保守的な自己
 自己の一つの機能は、私たちがあまりに速く変わりすぎるのを抑えることにある。

7-3:パズル原理
 どんな問題でも解けたときに解けたことがわかるような方法さえあれば、解き方が前もって分からなくても、試行錯誤によってコンピュータに解かせるようにプログラムすることができる。(生成ーテスト法)

12-11:原因とはたらき
 どんなできごとも同じように他のあらゆるできごとに依存しているような世界では、《原因》などありえない。実際、右のような世界では《ものごと》について語ること自体何の意味もない。《ものごと》という概念自体、別のものごとが変化しても変化しないような(あるいは変化が予測できるような)性質の間の関係を必要とするからである。

14-11:正方形を見る
 世界→感覚→知覚→認識→認知 でなく実際は
 感覚→記述←期待 となるはずである。

16-3:心のプロトースペシャリスト
 イヌが歩く場合は、イヌが足を動かすのだが、
 ウニが歩くが場合は、足がウニを動かすのである。
(ヤーコプ・フォン・ユクスキュル 『生物から見た世界』)

20-3:視覚的あいまいさ TAE CHT (AとHが同じ縦棒二本が上が狭く下が広い記号になっている図)

25-4:連続性の感覚
 世界と常に接触しているという私たちの感覚は、純粋経験ではない。それは一種の内在性の錯覚である。私たちが現実性の感覚をもつのは、視覚系に問いかけるとその答がみなきわめて速く得られてしまい、その結果答が初めからあったかのように思えるからである。
(blog主註:目の不自由な人への視点が皆無)

26-10:言語の学習
 単語は誰か他の人が貴重な考え―つまり心の中に作られる何か有用な構造―を抱いているのをただ示してくれるだけである。新しい単語は、ただ種を蒔くだけである。種が育つには、聞き手の心が、種を育てるもとの構造と同じような構造を心の中に作り出す方法を、見つけなければならない。

27-7:笑い
 笑いの役割は、相手が推論できなくなるようにしてしまうことである!

 笑いは今の時点の心の状態に焦点をあてる。

 笑いはいま考えていることをまじめにとらせず、その先を考えさせないようにすることで、心の中の今の状態に対する検閲エージェントを作る時間をかせぐ。